三話目
「じゃあ、今日はどうする? 練習していくか、後は演奏を見ていくか?」
「練習でお願いします」
正直なところ俺はこのチューバをもっと吹いておきたかった。なぜかはわからないが、俺の心を掻きたてているような気がしたからだ。
「うん、じゃあこれ教本。最初は音を出すだけで大丈夫だからね?」
「はい、ありがとうございます」
「あ、それと」
ふりまきざまに先輩は口を開く。
「楽器は大事にね? その子たちには魂があるんだ」
「魂……ですか?」
「そう。楽器はね、大事にしてくれた人には心を開いてくれるんだよ。そういうことだから、がんばってね」
魂……アニミズムみたいなものか? なんにせよ学校の楽器だから大事にしないといけないことには変わりないが。
去っていく先輩の後姿を見送った後、再びチューバを吹き鳴らす。おおよそ演奏とは呼べない代物だけど、とても楽しかった。
唇を震わせる速度を変えたり、マウスピースの中で位置を変えることによっていろいろな音が出て来る。今なんて何も押していないのに三つの音が出たほどだ。もちろん指を抑えるとそれはそれで素晴らしい音を奏でてくれる。
……何だ、簡単じゃないか。
正直そこまで難しいとは感じなかった。確かに息を使ったりして苦しいもののそれは全然許容範囲内だし、ちゃんと息を吹き込めば音を奏でてくれる。だが……いかんせんこのチューバというのは年季が入っているせいか、指で押して音を変えるピストンという部分が上手く動かない。どころか俺の意思に反して反発するような動きも見せた。
「やっぱり……お前生きているのか?」
問いかけてみたが返事はない。とりあえずその体を優しくなでてから再び演奏を開始した。心持ち音のなりがよくなった気がする。
……いいなぁ、こういうの。
今までは運動部だったが、はっきり言って俺は嫌いだった。友達に誘われていやいや入ったのだ。今思えば最初から吹奏楽部に入っておけばよかった。
適当に音を鳴らしていると、ドアが急に開いた。チューバを構えたままそちらに体を向けると、そこに立っていたのは二十代後半ぐらいの男性だった。
「やあ、初めまして。見学の子?」
「は……はい。樫井麗一って言います。よろしくお願いします」
「そうか。俺はこの部活の顧問の小林っていうんだ。よろしくね」
差し出された握手に応えるため服で手のひらを拭い、ゆっくりとその手を握り返した。
「どうだい、その子?」
「あ……チューバのことですか? なかなか吹きやすいです」
それを示すかのように一発吹いてみせる。すると先生は目をカッと見開き、
「そう! いいね、才能あるよ君!」
肩にがっと手を置いてきた。思わぬ先生の反応に俺は固まってしまう。
「あ、ごめんね。まぁ、がんばって」
それだけ言って先生は去っていった。俺は一人――いや、チューバと二人でポツンと部屋に取り残されてしまう。
「まだ……やるか?」
一応チューバに問いかけた。心なしか輝きが増している――そんな気がした。




