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二十九話目

 それからしばらくチューバ……いや、MCと音楽を奏でたが、やはり先ほどの音は出ない。それらしいものは何回かあったのだが、どうにもあれには届かない。さすがにあれはまぐれだったか……。

「ま……いいか」

 最初からできれば誰も苦労しない。とりあえず今はこの子と向き合うことにしよう。吹いて、吹いて、吹きまくろう。

 楽譜もまだ持たない俺にはただがむしゃらに吹くしかできない。だが……それでもすごく楽しい。目の前にいるのが、楽器ではなく本当に一つの生命だというように、コロコロと表情を変えてくれる。俺の音をリードし、時にはこちらに主導権を譲渡する……これは吹いたものにしかわからない感覚だろう。

「でも……どうすればいいんだ?」

 今は主導権を委ねているが、本来のスタイルとしてはどうなのだろうか? 先輩たちと同じように楽器と自分を一体化させたほうがいいのか、それとも今のように主導権を委ねるのか。はたまた屈服させて俺の意のままに吹くのがいいのか……まだまだ謎が多い。

「……どうしたらいい?」

 ぺちぺちと叩いて問いかけても何も言ってくれるはずもない。一つため息をついてから、改めて楽器を構えた。とりあえずは主導権を委ねることにしておこう。未熟な俺をリードしてくれる方が成長もしやすい。

 ……ところでチューバというのは四つの音を変える機構――ピストンというものがある。これの組み合わせで自在に音を変えることができるのだが、意外にこれが楽しい。他の木管楽器のように押す場所がたくさんあるわけでも、トロンボーンのように管の位置で音を変えるわけでもない。

 どちらかと言えば簡単な部類に属するのだろうが、俺にはこれがあっているような気がする。そんなに覚えることが少ないし、何より押すと適度な反発があって吹いていると実感できる。

 だが……どうやら相当年季が入っているらしく、ややじゃじゃ馬な傾向がある。ピストンを押しても戻らなかったり、軽くしたつもりなのに深く沈みこんでしまったりととにかくこちらの言うことを聞いてくれない……まぁ、主導権を渡しているうえに俺が初心者というのもあるかもしれないが。

 だが、音自体は素晴らしい……いや、自画自賛とかではなく、この子自身の音質としてだ。深く、重厚感があるのに、全く重苦しくない。それこそ、こちらの魂を震わせるような響きを持ち合わせているのだ。プロが吹いたのを聞いたなら、間違いなく虜になるだろうとすら思ったほどである。

 チラリと腕時計を見ると、すでに六時。そろそろ部活が終わる時間だ。どうやら熱中しすぎて時間を忘れていたらしい。恐るべし、チューバ。

「ありがとな……MC」

 椅子から立ち上がってゆっくりとその肌を撫でた。すると少しだけ、ほんの少しだけ嬉しそうに輝いた……ような気がした。


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