二十六話目
「今日部活行くのか?」
「俺はパス。今日はいいや」
「私もいいかな。自由参加って聞いてるし」
「レイは行くの?」
「もちろん。みんなは行かないのか?」
一斉に頷きを返され思わず苦笑する。昨日の出来事から一夜明け、それぞれ思うところがあるようだった。この選択も彼らが十分考えた上での決断だろう。
「じゃあ、俺は行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
みんなに手を振り返して教室を後にする。すでに音楽室からは音出しの音が聞こえてきた。まだ時間に余裕はあるが、自然に足が早足になる。階段を二つ飛ばしで駆けあがり、四階に着くや否やまずは先輩のもとへ向かう。
「おはようございます」
音楽室にいたのは桶田先輩と霜国先輩。にこやかな笑みをこちらに向けこちらに手を振ってくれた。
「おはよう。あれ? みんなは?」
「ああ……ちょっと今日はお休みするみたいです」
「ふぅん……そっかぁ」
どこか悲しそうに霜国先輩は告げる。もしかしたら何気に俺たちみんなが来てくれるのを楽しみにしてくれていたのかもしれない。
「まぁ、せっかく来てくれたんだし、楽器吹く?」
「はい! お願いします!」
「元気いいね。いいよ、それ」
ふふっと笑って桶田先輩はチューバが置いてあるであろう部屋までエスコートしてくれる。音楽室の二つ隣にある準備室のドアを開くと、確かにそこにはチューバの姿。相変わらず小山のようにそこに鎮座している。
「準備一人でできる?」
「はい。大丈夫です」
「そっか。もう少ししたら私たちはチューニング始めるからどこか別のところで吹いてて」
「わかりました……外で吹いてもいいですか?」
「いいけど……直射日光は避けてね?」
「はい。熱中症には気を付けます」
「いや、そうじゃなくて楽器が可哀想だから」
一瞬先輩が言ったことが理解できず脳みそがフリーズする。だが、すぐに先輩は合点がいったというように微笑み、
「あ、ごめんね。基本吹奏楽部は楽器第一だから」
「そうなんですか!?」
「もちろん。私たちは楽器の奴隷――いや、それ以下だよ」
からからと笑って去っていく先輩……正直今言ったことは信じたくない。
「……マジですか?」
チューバに語りかけるも、当然答えてくれるわけもない。一つため息をついてから重い気持ちで準備を再開していった。
「よし……っと」
あらかた準備を終え、楽器を持って四階のベランダ部分に出た。この学校はいささか特殊で、ベランダが一階まで続いている。何でも楽器の運搬に使ったりすることが多いからだそうだ。
「さて……行きますか」
まずは椅子にしっかりと座って目の前のスタンドをきちんと直す。それが終わってからチューバを構え、まずは音を出した。汽笛のような音が鳴り、おもわず笑ってしまった。昨日先輩たちの演奏を聞いたからだろう。なおさらこの音が野暮ったく聞こえた。
ま……いいか。
とりあえずは演奏――いや、音を出すことに集中する。指を動かして音程をある程度奏で、今度は口だけで音階を変える。まだ不器用かもしれないが、多少は吹けているのでは……?
「わっ!」
突如後方から聞こえた大声に驚き、チューバが暴発した。まるで何かの爆発音のようなものが発せられ、苦笑いを浮かべつつ後ろを見るとそこには――
「あ……おはようございます。先生」
吹奏楽部の顧問。小林先生その人がいた。こちらが挨拶すると先生は破顔して寄ってきた。
「おはよう。他のみんなは?」
「すいません。今日お休みなんですよ……」
「そっか。まぁいいや」
ケロッとした感じで先生は告げる。意外に淡白な人だなぁ……。
「今日来ているってことは、レイは入ってくれるのかな?」
「はい! 入ります!」
「それダジャレ?」
くすくすと赤子のように笑われた。存外子供っぽい人である。
「でも、なんだか表情が浮かないね。どうしたの?」
「あ……」
自分では平静を装っていたつもりだったが、先生にはどうやらばれていたらしい。観念して彼に事情を話すことを決意する。
「実は……俺不安なんです。先輩たちみたいになれるか……」
「ふむ……詳しく聞かせてくれるかな?」
言われなくてもいずれ話すつもりだった。改めて深呼吸し、俺は彼に今までのことを洗いざらい吐いた。中学の時のトラウマのこと……それを引きずってしまい、この部活に入るのを少しためらってしまっていること……包み隠さず話した。
「なるほど……それは辛かったね」
別に同情してほしいわけじゃない。そんなことされても俺のトラウマは消えることが無いのだから。
「うん。レイ、ちょっときて。あ、楽器は中に入れて安全なところに置こうか」
「? はい」
促されるままチューバを持ってベランダから出た。そしてチューバとスタンドを安定した場所に置くと、先生が手招きをしてきた。どうやらもう一度ベランダに来いと言っているらしい。
「レイ。ここに立ちな」
「いいですけど……」
壁に背中をつける形で立たされた。全く訳が分からない。どこぞの女性向け小説のように壁ドンでもされるのだろうか?
「よし、それじゃレイ」
「はい」
「歯ぁ食いしばって」
直後、頬に強い衝撃。先生の右ストレートが――俺の顔に直撃したのだ。




