二十一話目
「じゃ、次は私だね」
まだやりたいとぐずる桶田先輩を隅に追いやって一人の先輩が前に立った。
「はじめまして。クラリネット担当の能代と言います。よろしくね」
優しげな雰囲気を纏うその女性は頭を下げた。その腕には黒くて長い楽器を抱えている。
「この楽器はクラリネット。まぁ、知ってる人も多いんじゃないかな?」
俺もテレビ番組などで見たことがあるメジャーな楽器だ。確か教科書にも載っていたような気がする。
「主に担当するのはフルートと同じメロディーなんだけど、少し役割は違うかな? フルートとは違って音が太いからね」
そしてこちらに示すかのように一吹き。先ほどのフルートの演奏もよかったが、こちらも捨てがたい。
フルートはどちらかというとこちらの耳に自然と滑り込んでくるような印象を受けたが、クラリネットは違う。まるで音でできた波がこちらに押し寄せてきているようだ。簡単に言うと音の厚みがまるで違う。
確かに同じメロディーでも役割は違うようだが、どちらも他に負けないような魅力を持っている。
「この楽器は器用な子でね? 中々どうして演奏に幅ができるんだよ」
そして奏でるのは綺麗で透き通るようなバラード……まるで音楽室ではなく舞踏会にいるような錯覚すら受けた。
「……とまあ、こんな感じに吹くことができるよ。もちろん、他にも……」
そっと下を向く能代先輩。そして次の瞬間見せたのは今までの温厚そうな笑顔ではなく肉食獣のような凶暴そうな笑み。そして楽器を構え、
「ノッてけよ。一年坊」
ものすごい音量で曲を奏でだした……だというのにまったく不快ではなく心地よい。その演奏は下手なロックより激しく……熱い。
そして演奏が終わり、また顔を下に向けるといつものようなニコニコ顔に戻っていた。
「とまあ、こんな感じで色々な一面を持っているから。もっと知ってもらえると嬉しいな」
正直意外な一面を持っていたのは先輩の方だと思う。千尋たちから聞いていたが、演奏するときや楽器を持つと豹変する人はざらにいるらしい。彼女もその一人だった……それが曲調によって左右されるタイプだったというだけで。
「じゃ、これで終わります。ありがとね」
手を振ってにこやかに去っていく先輩に頭を下げつつ俺はひそかに心に誓った。
絶対に、能代先輩だけは怒らせないようにしよう……と。




