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十七話目

 高校の授業というものに妙な憧れを抱いていたが、どうやらそれはただの幻想であったらしい。なんてことはない。中学と同じように退屈な授業が繰り広げられていく。

 目の前の初老の男性教師は背を丸めてぼそぼそと教科書を読みあげている。てっきり高校といったらもっとカッコよくて、中学で習わなかったことを多く学べるかとも思ったのだが……はっきり言って期待外れだ。

 チラリと横を見てもみんな同じような反応を示している。男子生徒の幾人かはすでに夢の世界へと入っていた。

「はぁ……」

 ついため息が漏れ出る。今日はここ最近では一番嫌な日かもしれない。過去のトラウマを呼び起こすような夢を見た上に高校の実態を見せつけられた。すでに俺のやる気は空の彼方へと消え去っている。

 と、そこでチャイムが鳴り響く。ようやく拷問の時間が終わった。

 椅子から立ち上がり教師に一礼してから俺たちは腰を下ろす。そして彼が出て行った瞬間みんなが一斉に机の上に突っ伏した。

「つまんね」

「だるい」

「おなかすいた。メロン食べたい」

 最後のはあまり関係ないかもしれないが各自がそれぞれ不満を述べている。まぁ入学してまだ間もないのでここで価値を決めてしまうのはどうかとも思うが。

「次何だっけ?」

「音楽」

 横から聞いてきた燐に適当に返事を返す。次は小林先生の授業だが、はっきり言って俺はさほど期待していなかった。


「よし、みんないるね」

 音楽室に着くなり先生は満面の笑みで迎えてくれた。他の先生が堅苦しい人達ばかりなのに対してこの人はかなりフランクで俺たちの目線になって話してくれる。

「相当疲れているみたいだね。だめだぞ? まだ若いんだから」

 それにあいまいな乾いた笑いを返す。それを不満に思ったわけでもないだろうが、彼は口を尖らせ、

「まったく……それじゃ今日はこうしてのんびりしようか? 音楽でも聞いて」

 そう言ってあらかじめ用意していたのか、服の内ポケットから大量のCDを取り出した。おそらく私物なのだろう。どれも使い込まれた跡があった。

「みんな音楽好き?」

 その答えはもちろん全員がイエス。だが、先生はそこで終わらず、

「どんなジャンルが好き?」

 ニコニコとした笑みを崩さず告げる。当然俺たちもジャズだったりクラシックだったりはたまたアニソンだったりと答えを返すわけだが、彼はそれら一つ一つにリアクションを返してくれた。それがどうにも心地よくてこちらの返答にも勢いが増していく。

「そうか……やっぱりみんな好みがいろいろあるんだね」

 あらかた聞き終えて満足そうに胸を反らせる。そして生徒たち一人一人の顔をじっくりと見渡し、

「音楽って好みが分かれるよね? たとえばこんな話を聞いたことがあるかな?」

 そう言ってホワイトボードに何やら音符を書き込んでいく。それが何の音かはわからないが、とにかく綺麗に並べられていった。

「ここに音符があるよね? 昔吹奏楽部のみんなに『これを吹いて』言ったら面白いことが分かったんだ。同じ音符の書かれた紙が渡されているはずなのに演奏が全く違う。もちろん音の質もそうなんだけど、テンポが」

 そして刻まれる早めのビート。おそらくエイトビートと言われるものだろう。

「ロックが好きな子は早めのテンポ。バラードが好きな子はゆったりめのテンポ……これってすごいことじゃないかな? だって全く同じは一切ないんだよ?」

 いつの間にか俺たちは先生の話に引き込まれていた。それは本人もわかっているのか身振り手振りも交えてさらに詳しい解説をよこしてくれる。

「『音楽』って不思議な言葉だよ。だって同じ言葉なのにとらえ方が人によって全く違う……つまり自由なんだよ」

 そしてバッと両手を広げて不敵な笑みを浮かべ、

「君たちもこうあってほしい。型に囚われる必要なんかまるでない。君たちにしかない『何か』を見つけてほしい」

 そして教室が静寂に包まれる。見れば全員が真剣なまなざしになって先生の方を凝視していた。

「……っとまあ長くなったけど、何が言いたいかっていうと、君たちはまだ若いんだからこの学校でいろんなものを見つけてほしい。そのためには背筋を伸ばして前を向かなきゃ……ね」

 周りのみんなが大きく頷く中、俺だけは頷けなかった。本当に、この学校の中で何かが変わるのか……それがわからなかった。


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