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百六十三話目

 基礎練を始めてから四十分。召集を受けた俺たちは備え付けられたステージの上に立っていた。当然だが、まだ観客は揃っていない。

「みんな、どうだい? 良い眺めだろう?」

 先生の言に俺たちは一斉に頷いた。確かに、それなりの高さがあるため周りが一望できる。おそらく、観客ひとりひとりの顔も見ることができるはずだ。

「わかっていると思うけど、今から行うのはリハーサルだ。最初で、最後の、一回きりのね。ただ、注意してほしい。もしここで上手くいっても行かなくても、絶対に本番に引きずらないでほしい」

『はい!』

「想像してごらん? 今から来る観客たちが全員俺たちの演奏を聞くんだよ? それでさ……俺たちの演奏で楽しませてあげようよ。ね?」

『はい!』

「それじゃ、やろうか。楽しんで」

『はい!』

 いつも以上に気合が入っている部員たち。ただ構えているだけだというのに威圧感が半端じゃない……が、どこか楽しそうだ。中には口の端を歪めている人たちの姿も見える。

「……」

 指揮棒がゆっくりと振られ――

「――ッ!」

 始まった。曲が、勢いよくスタートダッシュを切る。

 本番直前とあってか、全員躊躇がない。泣いても笑っても後何十分か後には終わりを迎えるのだ。スタミナ配分という言葉はすでに彼らの頭からはきれいさっぱり消えていることだろう。

 軽快な音が高らかに響き、流れを作っていく……が、少しばかり感じる違和感。

 音も当たっているし、息もあっている。総合的に見て、これまでで一番合奏をしているという感じがした。だが、どこか音が広がっているような気がする。

 もしかして……外で吹いているからだろうか?

 俺は普段からやる機会が多いのでそこまで抵抗がない。どう吹けば響くかは体が覚えてくれているし、聞こえ方もわかっている。だが、他の楽器――特にパーカッションなどは音の響き方に違和感を禁じ得ないようだ。

 密室だと音が反響する。だが、外で吹いた時に反響はないと考えていい。その分自分の音がクリアーに聞こえるのだが、やはりほかの部員……いや、一年生たちは慣れないようで戸惑いを隠せていない。

 彼らが感覚を掴む前に、合奏は終了。チラリと見れば、燐が悔しそうに顔を歪めていた。

「さて……これで終わりだ。後は、開始の合図を待つだけ……たぶん、納得がいかなかったところもあるだろうね。けど、さっきも言ったように気持ちを切り替えて楽しんでほしい。だってこんな一年に一度の行事だよ!? 楽しまなきゃ損じゃないか!」

 まるで道化師のように両手を上にあげ、

「仮に、後悔するとして。みんなは全力を出して後悔するのと、全力が出せなくて後悔するのどっちがいい? 俺は全力が出せない方が嫌だ。つまらない緊張や、焦り南下で今までやってきたことができなかったら、きっと一生後悔すると思う。だから、まずはごちゃごちゃ考える前に全力を出すことを考えな。いいね?」

『はい!』

「開始まではあと十分くらいだ。それまで、リラックスしてな。そして……ぶつけてやれ! 自分たちの力を! 思いを! 音を! 全てを!」

『はい!』

 先生がその場を去ると同時、目の前の景色が不意に俺の視界に映りこんできた。

 もう人が集まりつつある……が、恐怖はない。あるのは……歓喜のみだ。


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