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百六十二話目

「さて……っと。それじゃ、俺は別の準備に取り掛かるからみんなは練習してて。他の邪魔にならないようにね?」

『はい!』

「じゃ、頑張ってね」

 そう言って小走りで去っていく先生。どうやら役所の人たちと進行に関して何か話があるらしい。意外とこういうところでも仕事を任されていたりと、それなりに人望はあるらしい。単にノーと言えない性格だからかもしれないが。

「さ、俺たちも行くか。な?」

『あ……できれば海から離れたところで。潮風はあまり好きじゃないんです……錆びてしまうから』

「あ、そうか。じゃあ、ちょっと離れたところでやろう」

 彼女たち曰く、人間体なら錆びないそうだが、楽器体では違う。基本的に両方の性質を有しているが、変化している方にウエイトが置かれてしまうらしい。こういった時にはかなり難儀だろう。付喪神というのは。

 結局俺たちが向かったのは港から少し離れたところにある建物の裏。会場からも近く、気休めではあるが建物があるおかげで潮風も防げる。おまけに陰で吹けば日光も防げるので熱さでやられる心配もないのだ。

「って、もうこんな時間かよ」

 楽器の運搬などが思うより時間を食ったらしく、現在時刻は八時。開始までもう一時間しかない。が、とにかくやろう。少しでも唇を慣らしておかなければ。

「よっこいせっと」

 近くにある段差に腰掛け、楽器を構える。吹く場所こそ違えどやることは同じだ。しばらく深呼吸をして呼吸を整えた後、いつも通り基礎練を開始していった。

 じっと前を見ていると徐々に人が集まってきているのがわかる。特にお年寄りはこのイベントを楽しみにしているようで、ぞろぞろと無料バスを使ってこちらに向かって来ていた。観客が増えるのは嬉しいが、結構顔見知りもいるので気恥しさがないとは言えなかった。

「?」

 ふと視界の端で何かが動く。そちらに視線を向けると――姉さんがいた。

 おそらくこちらの集中を乱すまいとあえて隠れているのだろうが、隠れ方が悪すぎる。建物から体が出ているし、常に心配そうにこっちを見ているのだ。もはやギャグの領域だろう、あれは。

 しかも、その手にはビデオカメラまで持っている始末だ。おそらく既に録画を開始しているのだろう。本番前にメモリを使い果たさなければよいが……。

『ねえ、レイ。あれ、お姉さん』

 囁きかけてくるスーにだけわかるように小さく頷く。すると彼女はくぐもった笑いを漏らし、

『へぇ……いいお姉さんじゃない。綺麗だし、優しそうで。ただ……ちょっと抜けてるかな?』

 反論できないのが辛いところだ。姉さんは俺の事となると極端に視野が狭くなることがある。親バカ……いや、姉バカとよく同級生から、からかわれたものだ。

『ま、いい所見せられるようにしないとね』

 もちろん、言われなくても見せてやる。俺のわがままでそもそもこの部活を始めたのだ。だからこそ、俺には義務がある。どれだけ上手くなったのか、成長したのか、進化したのか……全てを見せることはできずとも、それらの一端ぐらいは見せなければなるまい。

 そんなことを思いながら基礎練を淡々とこなしていく……が、姉さん。やっぱりちょっと控えてもらいたい。いちいち俺の挙動に反応しすぎだ。たぶん気づいていないだろうけど、先輩たちが奇異の視線を向けている。今すぐ、ここから離れて。頼むから。


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