十六話目
「で、どうする? まだ聞いていく?」
「お願いします。トラも聞いていくよな?」
「も……もちろん」
なぜこいつはこうも冷や汗をかいているのだろう。俺ほどではないかもしれないが昔部活で何かあったのかもしれない。
「じゃ……次はこれを吹こうかな」
と、フルートを構えかけたところで――やや音の外れたチャイムが鳴り響いた。それを聞いて先輩と俺から笑みがこぼれる。
「しょうがない。時間だね」
「毎朝やってるんですか?」
「まあ今日は特別かな? 昨日ほとんど吹けないまま下校時間になっちゃったから」
軽口をたたきつつも楽器を片付ける手は休めない。譜面台を丁寧に畳んで楽譜を手提げ袋に詰めている。
「ま、朝練は自由だからね。しょうがないよ」
「そうなんですか……」
「それより早く戻った方がいいんじゃない? 入学早々遅刻はまずいでしょ?」
「ですね。それじゃ失礼します」
先輩に頭を下げてその場を後にする。ようやく三階に降り立ったときトラがそっと胸を撫で下ろした。
「昔何かあったのか?」
「……いじめじゃないんだけどね。ちょっとあったかな?」
ブルリと身震いして肩をすくめている。普段飄々としているこいつがここまでなるなんて相当のことかもしれない。
「聞いてもいいか?」
「いや……聞かないでほしい……でも一つだけ言わせて」
「何だ?」
トラのまなざしはとても真剣だ。それこそ演奏している時のように鋭いまなざしでこちらを見据えている。思わず息をのんでしまったほどだ。
「半端な気持ちだと吹奏楽部は務まらない」
「……どういう意味だ?」
「言葉通りの意味だよ。遊び半分なら……その考えは早めに捨てた方がいい」
真っ直ぐな目をしていた。だからどうやら嘘ではないのだろうが……そこまでの信憑性を感じることができなかった。別にトラの話し方がどうとかではなく、部活の人たちと話してみた印象としてだ。
「ま、そうするよ」
とは言ったものの、俺にはそんな感情は一切ない。やるのであれば完璧にやるというのが俺のポリシーだ。
「本当に気を付けた方がいいよ……たぶんレイが予想している十倍はきついから」
「はいはい。わかったよ」
適当にあしらいつつ教室に足を向かわせる。途中でチラリと四階を見たが、すでにそこに先輩の姿はなかった。




