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百四十九話目

 今日もいつも通りの一日。朝練をして、昼練に向かい、そして放課後の練習に移る。だが、決して手は抜かない。もはやルーティンとなっているが、それをただこなすのではなくちゃんと考えることで力はついていくのだ。

 とはいえ、もうすぐ観艦式ということもあってあまり突飛なことはできない。確かに上手くハマれば実力は飛躍的に上昇するだろうが、同様にデメリットも大きい。仮に失敗した場合、そこで変な癖がついてしまうことも考えられる。ということもあって、今日は通常の練習を行っている。

「さて……次はタンギングか」

 まだまだ俺はこの練習が得意でない。いや、ロングトーンやリップスラーもまだ十分とは言えないのだが、それらの中でも特に苦手なのが、これだった。

「……」

 一呼吸おいて音を奏でていく。腹筋とブレスコントロールに気を遣いながら、しっかりと前を見据えて吹き進める。ここまでは順調だが……勝負はここからだ。

 それを三回ほどループすると、徐々にミスが目立ってくる。三回も単調なことをやり続けていると、もはや自分が何をしているのかわからなくなってくるのだ。さらにそこに唇の疲れやスタミナ切れなどの要素も合わさってくるのだからたまったことではない。

『集中だよ、集中』

 スーがそんな言葉を投げかけてくれる。これを言われたときは、大抵演奏が壊滅的になりかけた時だ。少しだけ自戒の意味を込めて口内の肉を噛み、気持ちを切り替えて刻んでいく。すると、

『ちょっと待って』

 スーから強制終了をかけられてしまった。彼女は楽器体のまま、

『疲れているのはわかるけどさ、そういう時は休みなよ』

「いや、でももう時間がないんだぜ?」

『だからこそだよ。ぶっ続けでやって集中力が落ちるぐらいなら最初から少しずつ休憩を加えた方がいいって』

『スーの言うとおりです。メリハリが大事なのですよ』

 ここにMCも賛同する。だが、まだ納得がいかない。

「けどさ、みんなやってるんだぜ? 俺だけ休むなんて……」

『何言ってんの。レイは朝も昼もやってるじゃない。つまり、他のみんなとは違うんだよ』

『そうですよ。それに体力や疲れのたまり具合も人それぞれなんですから、他の人を気にする必要はありません。休んでいることを責める人は今せんよ。だってそこからまた気持ちを入れ替えて頑張ればいいんですから』

 むぅ……そう言う考えもあるのか。おそらく経験に基づいて言っているのだから間違ってはいないのだろう。言われたとおり少しだけ体を伸ばして立ち上がり、ベランダの縁に背中を預ける。

 ふと空を見上げると今日は曇天。と言ってもまだ雨の匂いはしない。学校から数キロ離れたところに黒々とした雲が集まっているから、風の流れからして降り始めるまではあと一、二時間といったところだろう。その時には合奏をするために音楽室に入っているので問題なし。

 大きく息を吸って、吐き出す。それに伴って体の疲れも少しずつ消えていくようだ。ついでにストレッチも行うと、座りっぱなしだったせいか身体の節々からボキボキと快音が響く。その心地よさに身を任せながら、また息を吐き、ストレッチを繰り返す。それを数分も行うと濁っていた意識も徐々に鮮明になってきた。もう吹き始めても大丈夫だろう。

「っし!」

 最後に気合を入れなおして椅子に座りなおして楽器を構える。ストレッチを行ったせいか、妙に体が軽かった。息を吹き込むのも先ほどよりだいぶ楽である。

『ね? 言ったとおりでしょ?』

 おそらくスーが人間体であったなら、今頃ドヤ顔をしているであろう声音で告げる。少しばかり悔しかったので、ちょいと口元を歪めて鼻で笑ってやった――ただそれが妙に気に障ったらしく彼女は苛立ったようなため息を漏らす。おそらく練習後折檻を行うつもりだろう。こんなに練習が終わってほしくないと思ったのは久々だった。


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