百四十七話目
「……っと、もうこんな時間か。最近時間感覚が狂ってきてるな」
ぶつくさと呟いて腰を上げる。すでに時刻は五時間近。そろそろ合奏の時間だ。とりあえずはそっちに向かわないとお叱りを受けてしまう。
「よし、行くぞ」
細心の注意を払って二人を持ち上げる。この前やらかしたばかりなので、仮にやらかしてしまった場合――おそらく叱られる。いや、それで済めばいい方で殴られる危険性もある。そう思うと足がすくんでしまい、必然的に慎重な運び方になるのだから皮肉なものだ。
やがて音楽室の前までたどり着いて――俺は首を傾げた。まだ全員が揃っていない。いや、音がぶつからないようにばらけて練習しているから当然と言えば当然なのだが、それにしても集まりが悪い。メニューをいう時には全員居たはずなのに、今はその半数ほどしか来ていない。
たぶん気が緩んだということはないと思うが……何かあったのだろうか?
そこで俺の脳裏に浮かんでくるのはトラと口咲先輩。だが、トラは今ここにいる。いないのは……燐、桶田先輩、口咲先輩、能代先輩、大暮先輩、蛇塚先輩だ。ついでに言うなら先生も来ていない。
「なぁ、集まり悪くないか?」
近くにいた千尋に問いかけると、返ってくる小さな頷き。
「そうだね。先輩たちはともかくとして、燐がいないのはおかしいかも」
そう。彼女はパーカッションであり、基本この音楽室から一歩も出ない。だから、俺は驚いているのだ。それに性格的にも真面目だというのに、これは少し気になる。
「お待たせ、お待たせ。ちょっと話し合いしてたら遅くなっちゃった」
けらけらと笑いながら入ってくるのは先生だ。その後ろをぞろぞろといなかったメンバーがついて歩いてくる。その中には燐の姿も見えたが、これまでにないほど緊張した表情をしていた。
何かあったのか……? いや、でも今は合奏に集中か。
大きく息を吸って、吐く。それをしばらく繰り返していくうちに徐々に頭の中が合奏の事で埋め尽くされていく。我ながら、恐ろしいまでの集中力だ。
「さて、それじゃ、始めようか!」
『はい!』
――この二時間後、俺は燐が副部長候補となったことを知らされることになる。




