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百四十二話目

 今日はしっかり朝練に遅れずやってきた。と言っても、別に楽器を吹くわけではない。ただ、彼女たちとした約束を果たすのだ。

「よ、おはよう」

 返事はない。あれだけ昨日練習したのだ。多少疲れがたまっていたとしてもおかしくない。俺は小さくため息をつきながらチューバケースに手をかけ、中からMCを取り出した。

 そして今度は備品が置いてある場所に向かって、グリスやオイルといった必要品を並べていく。

『レイ?』

「ん? ああ、おはよう」

 どうやら起こしてしまったらしい。とはいえ、怒っている様子ではない。昨日の事は引きずっていないようで、思わずほっと息を吐いてしまった。彼女はこちらに向かって軽く会釈したかと思うと、すぐ楽器体へと戻った。どうやらこれから俺が何をするかわかったのだろう。理解が早くて助かる。

「じゃ、やるか」

 手に持っているのはオイル。これをピストン部に挿して潤滑を促すのだ。

 丁寧に解体していく。今思ったが、これは彼女たちにとってどのような感覚なのだろう?

「なぁ、解体してるけどさ、この状態で人間体になったら……」

『全裸だね』

 突如スーが声を上げた。思わずそれに驚いてオイルを取り落しそうになってしまう。

『スー! もう……は、早く済ませてください!』

「あ、ああ……」

 変に意識してしまい、手つきがぎこちなくなってしまう。いや、彼女たちは厳密には楽器なのだが、あの姿にどうもなじみが深いため妙に緊張してしまう。何とか雑念を払おうと頭を振って般若心経を唱えながらメンテナンスを行っていった。

『きゃっ!?』

「ど、どうした!?」

『い、いえなんでも……』

 頼むから、急に大声を出さないでほしい。しかも普段の彼女からは考えられないほど高く可愛らしい声だった。いつもの凛とした美しい声とのギャップが大きいだけにやや戸惑いを覚えてしまう。

『へぇ……レイ、そんなとこ……だ~いた~ん』

『スー! 静かにしてください!』

「そうだ! からかうなっての!」

『はいはい』

 この野郎……完全に楽しんでいやがる。いつか仕返ししてやろう。

「もうすぐ終わるからな。ちょっと待ってろよ」

『は、はい……』

 だからさ、弱弱しい声出すなって。らしくない。お前はもっとこう……変なとこ触ったら容赦なく叱責するタイプだろ? 何で、今に限って気弱なんだ。

 ほぼ無心で手を動かし――ようやくメンテナンスが終わった。最後にピストンを再び装着して完了である。やがて調子を確かめるようにしてMCが人間体に変化した。いつも通り――いや、まるでエステに行ったかのように肌もすべすべでいい匂いもした。

 さて、では次は……

「スー。やろうか」

『へ? いや、でも私はオイル塗る必要もないし……ね?』

 懇願するようにMCの方を見たが、無駄だった。すでに彼女も俺と同じ気持ちのようで、互いに頷きあってスーへと距離を詰めていく。スーはフルフルと首を振って後ろの壁に背を預けていたが、もう俺たちは止まらない。数秒後、スーの叫び声が準備室に響き渡った。


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