百四十一話目
「さぁ、最後の一回だ。泣いても笑っても最後だけど……どっちで終わりたい?」
先生の発破を受けて全員の表情に緊張が走った。すでに時刻は終了十分前。片付けや戸締りを考えたらもうギリギリだ。
「……よし。構えて。始めよう」
『はい!』
「――ッ!」
直後、振り下ろされる指揮棒。それに続いて荘厳な演奏が奏でられていく。当然、そこに一切の妥協はない。今できるベストの演奏だ。
先生は無言で、だが空いた左手で俺たちに指示を送る。
「もっと強く」
「軽快に」
「周りの音を聞いて」
そんな無言の指示が飛んでくる。見る見るうちにそれらは俺たちの演奏の中に取り入れられ、確実に先ほどよりも完成度が増していった。
それに感化されたのか、先輩たちの音も俺たちに告げる。
「――根性を出せ」
と。
口の端に笑みを浮かべながら小さく頷く。
横顔を見れば、全員がどれだけ全力なのかがわかる。顔を真っ赤にして、苦しそうにしながらも音はしっかり出している。もはやみんなを動かしているのは体力ではなく、演奏家としてのプライドだろう。
「――ッ!」
演奏は止まらない、止まらない、止まらない――。不可逆で、ミスをすればそれまでだ。取り返しがつかない。実際、この演奏の中でもいくつかのミスが生まれた。だが、それを振り返っている暇はない。
それに気を取られてまたミスをするよりは先を見据えるべきなのだ。だから――止まれないし、止まらない。残り――数十章節。そこに俺の、いや、俺たちの全てをかけるのだ。
「――ッ!」
先生の指揮棒が唸る。楽器たちが咆哮を上げる。俺たちの心が揺れ動く。
これだ。これこそが合奏だ。吹奏楽だ。音楽だ。
どうしようもなく苦しくて辛くて、でもそれを打ち消すぐらい楽しくて面白くて――病みつきになる。
残り――十章節。演奏が終末に向けて加速していき、俺たちもそれに続く。
楽しい、楽しい、楽しい――終わってほしくない。この時間がいつまでも続いてほしい。
だが、終わりは当然訪れる。
指揮棒が一層強く振り下ろされ――そこで演奏が終了した。先生も、生徒も誰もが荒い息を吐いてその場にへたり込んでいる。が、すぐに先生は笑みを浮かべて立ち上がり、
「お疲れ様。これで、今日の練習を終わります」
一拍遅れて俺たちも笑みを湛えて立ち上がり、
『ありがとうございました!』




