百四十話目
もう気付けば夜もすっかり更けて空には月が上っている。案外月と楽器というのは絵になるもので、どことなく幻想的な雰囲気を醸し出している。特に、それが金管楽器であればなおさらだ。
金管楽器に月が反射すると、まるで月が二つあるように見える。俺はこれが好きだ。楽器を構えた時にちょうど光の加減で目に映るのだが、ついついそちらに意識を持っていかれそうになるほどに。
「さて、それじゃそろそろいこうか。気合入れてね」
と、俺の心情を読み取ったかのように先生が声をかけ、それに俺たちは頷きを返す。少しばかり小休止を取ったが、気が緩むことはなくむしろエンジンがかかっているようだ。全員の表情からそれは容易に読み取れる。
しばらくして無言で構えられる指揮棒と楽器たち。やはり――美しい。
「――ッ!」
そのテンションを維持したまま、楽器に息を吹き込んでいく。きっちりと出だしの音を当て、それからも楽譜に忠実に吹き進んでいく。ちなみに先ほど出た注意点はもちろん意識しているが。
「――ッ!」
もうこれが、本番前にできるまともな合わせだとわかっているからだろう。全員、半日以上吹きっぱなしだったというのに全力だ。そこに一切の妥協も、躊躇もない。ただただ今できる最善を尽くす――そんな感じだ。
「もっと跳ねてッ!」
演奏は止まらない。が、先生からの指摘が入りリズムを刻んでいた俺やパーカッションがそれを意識して吹いていく。すると多少は改善されたようで、先生は何度か頷いていた。けれども、それで終わるはずもなくほかのパートにも鋭い指摘を投げかけていった。
その繰り返しが続いていき――とうとう夜の八時になった。正直な話、もう全員が体力的に限界のはずだ。唇も限界を迎え、思うとおりに動いてくれない。だが!
「――ッ!」
誰一人、音を上げない。たとえ苦しくても、辛くても――やめない。それは別に一人だけ逃げるのが嫌だとか、先生に怒られるのが嫌というわけではない。ただ、本番で下手な演奏を聞かせるのが嫌なのだ。それは指導を行ってくれた先生に対する不敬であり、楽器に対する侮辱であり、何より自分たちの努力に対する冒涜なのだ。
ここまで死ぬ思いでやってきた。だったら、最後までその思いを貫いてやる。
きっと――みんなもそう思っているはずだ。




