百三十六話目
合奏はなおも続く。最初から、あるいは気になった章節から開始され、ある段階で先生からの指摘が入る。ただ、その間隔はいつもより長い。それだけ全員の練度が上がりつつあるということだ。
「うん……そうだな……ちょっと惜しい? かな……あと一押し欲しいところ」
だが、先生は少しばかり納得がいかないようだ。形にはなりつつある……が、何かが足りないという感じだろう。指揮棒でぺちぺちと譜面台を叩きながらそんなことを呟いている。
「何だろう……もう少し表現をつけてみよう。楽譜に忠実すぎるかもしれない」
『はい!』
「それじゃ――」
再び開始される演奏――だが、ダメだった。全員のイメージするものが違いすぎてばらけてしまった。すぐに慌てて指揮棒が振られ、中断される。
「むう……みんなに少し聞きたいんだけどさ。この曲――軍艦行進曲ってどんな感じかな?」
「えっと……凛々しい感じですか?」
「そうだね。それはみんなも意識しよう」
桶田先輩の意見は採用されたようだ。すぐさま俺たちはそれを楽譜に書き込む。
「他は? 一年生もどんどん遠慮しないで言ってみて」
「じゃあ、はい! 兵隊さんが勇ましく歩いているイメージだと思います!」
まず先陣を切ったのはトラだ。まさしくそれは俺も考えていた通りで、すぐに採用された。そうしているうちに次々と手が上がっていく――やはり音楽に対してはみんな積極的だ。それだけ向上心が強いのだろう。
……俺も何か言った方がよいのだろうか? いや、だが言いたいことはほとんど言い尽くされてしまった。そもそも俺みたいなペーペーが言ったところでプラスになるとは思えないし、それに間違っていたらと思うと……あああああ、ダメだ。もう無理だ。
「レイは何かない?」
「ふぁ、ふぁい!?」
やらかした。急に声をかけられたせいで素っ頓狂な声が俺の口から洩れる。それを聞いたみんなは笑いだし、一瞬で場の空気が緩んだ――いや、かなり恥ずかしい。
「何でもいいよ? 言ってごらん」
「えっと、じゃあ……これって行進曲ですよね? だったらもっと聞いている人が思わず動き出してしまうような感じに仕上げたらいいと思います。軽快で、ついつい体でリズムを刻んでしまうような……間違っていたらすいません」
だが、それは杞憂に終わる。その場にいる俺以外の全員が同時に首を傾げ、不思議そうな顔になった。
「? 別に間違ってないし、的を射ていると思うけど?」
「そうそう。それに間違うことは恐れちゃダメだって言ってるじゃない。大体私たちは学生なんだから、間違うことは間違いじゃない……って何か変なこと言ってるけどね」
そう言ってくれるのは先生と桶田先輩。他の部員たちもそれに同調するように頷きあっている。何だかさっきまでマイナス思考に陥っていたのが馬鹿らしくなるほどだ。
「……ありがとうございます。失礼しました」
先生たちに頭を下げ、少し視線を下に寄越す。恥ずかしさと嬉しさで顔から火が出そうだった。
「よし。それじゃあ、今言ったことを統合してやってみよう」
『はい!』
頭にもやもやと残る気恥しさを払い、さっと楽器を構え――
「――ッ!」
それらを払うように吹きこんだ。




