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百三十二話目

「本当にごめん。許してくれ」

 ちょうど昼休みのベランダ。ここで俺が何をしているかというと……簡単。上半身をほぼ直角に曲げて二人に頭を下げている。しかもこの体勢をもう十分以上維持しているのだ。存外人間の体というのは丈夫なものである。

『反省してますか?』

「もちろんだって……痛かったか?」

『ええ、それはもう』

 彼女は心底怒っているようだ。本来なら味方であるはずのスーも苦笑いを浮かべてその後ろで固まっている。どうやらこの状態の彼女は下手に刺激するとまずいらしい。

『いいですか? 楽器は何より大切に扱わなければなりません。これは私が付喪神とかそういうことではなく、音楽に携わるものとしての心構えです。いわば演奏家にとってのパートナー。それを傷つけるというのがどれだけいけないことかわかりますか?』

「……はい」

『大体ですねぇ、楽器を持って走らないなんて基本中の基本ですよ。全く……』

「でも、みんなを待たせてたから……」

『言い訳しない!』

「ひっ!」

 厳しい物言いに思わず背筋が伸びる。今までも十分厳しいと思っていたが、甘かった。これはヤバいと俺の本能が告げている。できることなら今すぐ解放されたいところだ。

『みんなを待たせていたとしても、そこで走ったらいけません。今回はぶつけただけで済みましたが、仮に転んでいたとしたら? 私が楽器として再起不能の怪我を負ったら? レイ、どうですか?』

「……たぶん、責任はとれないと思う」

『そうでしょう。あなたはまだ子供です。責任をとれるだけの財力も、知識も、経験も足りません。もし、今ここで責任が取れるということを言っていたら張り倒していたところです』

「……」

 何も反論できなかった。それだけ彼女は怒っているし、言っていることも確かだった。

『もし、今後今回と同じようなことがあったら私はあなたを許しません。私にだけ気をつければいいわけではないですよ? スーにしろ、他の子にしろ、仮に傷つけた時には……覚悟していてくださいね?』

「……はい」

 それだけ言って彼女は楽器体に戻ってしまう。どうしたらいいかわからないで佇んでいると、スーがちょいちょいと手招きしてくれた。この最悪の空気から逃れるために二人して下につながる階段を下り、二階の中腹に腰を下ろす。もちろん、他の人からは見えない死角なので何の心配もない。

『ちょっと怖かった?』

 頷きを返すとスーは優しく俺の頭を撫でてくれた。何だかとても懐かしい気持ちがして、少し楽になる。

『ああやって厳しく言うのにはね? 理由があるんだよ』

「理由?」

『そう。昔ね、一人のトランペットの付喪神がいたんだ。その子はMCと特に仲が良かったんだけど……ある時、演奏者だった一年生がふざけて壊しちゃった。管がもう全部ぐちゃぐちゃになっちゃって、とてもじゃないけど吹ける状態じゃなかった……それで、その子は廃棄処分になった』

「そんな……」

『しょうがないんだよ。だって、僕たちは楽器なんだから。特に、学校所有場合はね。使えなくなったら、即捨てられる。それと、さっきの責任の話。あれもそれに繋がるんだ。その一年生が壊したのはみんなが見ていた……でも、弁償はしなかった。いや、学校側がさせなかったんだ』

「何でだ?」

『決まってるよ。学校の費用で賄えることだから、いちいち親を巻き込んでまで弁償させる必要はないってこと。ちなみに、その一年生は反省したって言っていたけど、三日もすれば忘れて元のように振舞ってた。たぶん、MCはまだそれが忘れられないんだと思う』

「酷い話だな……いや、俺が言えた話じゃないけどさ」

 だが、そこでスーはにっこりと笑ってくしゃくしゃと俺の髪を撫でる。

『違うよ。レイはその一年生とは違う。ちゃんと反省しているし、後悔してる。でしょ?』

「でも、それはお前らが付喪神だって知ってるからで……」

『それでも、違う。だって、今苦しいでしょ? もしMCが、チューバがいなくなったらと思うと罪悪感で、後悔で、不安で――押しつぶされそうでしょ? そうじゃなきゃ……』

 そっと俺の方に手を伸ばし、いつの間にか頬を伝っていた涙を掬い、

『泣かないでしょ?』

「スー……ごめん」

『いいよ、今だけは泣いて。大丈夫、誰にも言わないから』

 彼女に抱きしめられ、ちょうど胸のあたりに顔をうずめる。気づけば俺の口からは嗚咽が漏れていた。

『嫌だよね、MCと会えなくなるのは……でも、今回のことを忘れちゃだめだよ? いいね?』

「ああ……ああ……っ!」

 もし、本当に二人の言うような事態になっていたら、俺は絶対に自分を許せないと思う。きっと、後悔して、自分を責めて、彼女の後を追うはずだ。それだけMCの、スーの、楽器たちの存在は俺の中で大きいものになりつつあった。


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