百二十九話目
ひたすら愚直なまでに音を刻む。乱さず、一定にしっかりとテンポを意識しながら丁寧に吹くことを意識していく。それでもまだ完璧ではないが、意識するだけでだいぶ変わる。
「さて……」
いったんマウスピースから唇を離し、優しくもみほぐしてしばらく休憩。先輩たち曰く、無理してやると悪い唇の形が身についてしまうそうだ。大変な時期だからこそ、こういったケアを怠ってはならない。仮に今回練習を詰めても、悪癖がついてしまっては本末転倒だ。
「はぁ……疲れた」
『それは体がですか? それとも心ですか?』
「どっちも」
それを聞いてMCは小さく笑いを漏らした。何というか、本当にそこのしれない奴だと思う――年相応の老獪さと知恵を持っているのがこいつの恐ろしいところだ。
こうして休憩をしていると、意外に周りの音が聞こえてくる。フルートの流麗な演奏や、サックスの力強い演奏。クラリネットの優しく染みわたるような音色やトロンボーンの軽快な刻み。時折パーカッションが単調なリズムを飽きもせずに叩いている。
だが……トランペットだけは違う。やはり楽器というのはダイレクトに心象を反映するようで、本来の理想とする音とは程遠かった。暗く沈んだ気持ちのままでは行進曲は吹けない。というか、楽しまなければ満足な演奏などできはしないのだ。それがどんなジャンルの曲であれ……だ。
『レイ』
「……ああ、わかってるよ。ったくお前は読心術でも使ってるのか?」
『まぁ、経験則です。今まで本当に多くの子供たちを見てきているので』
『後、私たちが感情を得て付喪神になったっていうのも大きいかもね』
「なるほどな。だから、感情の機微には敏感ってことか?」
『ま、確証はないけどね』
けらけらと笑うスー。あれ以来俺も付喪神について調べてみたのだが、結構伝承としては語り継がれているらしい。曰く、百年経てばなれるとか、呪いを受ければなるとか諸説あるようだった。
しかも、これら伝承が日本だけではなく世界に点在しているということである。西洋の動く鎧やガーゴイルなんかもそれの一種だという説すらある。ただ、そういった奴らはたいていが友好的でない場合が多いらしいので、こいつらはマシな部類だと言えるだろう。多少のスパルタ感は否めないが。
「さて……そろそろやるか」
『あ、ちょっと動かないでください』
「む!?」
俺の唇をその人差し指で押さえるMC。するとすぐに頷いて楽器体へと変異した。
『大丈夫そうですね。無理はいけませんよ?』
「散々無茶を要求してるのはお前たちじゃないのか?」
『とんでもない。今のレイの実力を考慮してギリギリのメニューを与えているのですよ? 何なら、本当の無茶を要求しましょうか?』
「すいません。俺が悪かったです。許してください」
『よろしい。それじゃあ、やりましょうか』
やっぱりこいつらにはかなわない。俺は一つため息をついてからマウスピースに唇を重ね、また単調な刻みを開始していった。




