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百二十八話目

「ただいま」

『お疲れなさい』

 準備室に入るとすぐに声をかけてくれるMC。おそらくこちらを気遣ってくれているのであろう。本人としても不安があるだろうに、それを欠片も店はしないのだから本当にすごいメンタルだ。

「ちょっと今日は外行くぞ」

『ええ、いいですよ。承知しました』

 楽器体に再び変異した彼女たちを連れてベランダへと向かっていく。やはり、今日の日差しはどこか暴力的だった。つい無意識に舌打ちしてしまい、二人から小さく注意を受けた。

『レイ。何があったの? 話してよ』

「……ちょっと待ってくれ」

 彼女たちを連れて、ベランダの一番端まで移動。ここなら何を話しても聞かれるおそれもばれるおそれもない。二人の体を小さくつつき、人間体になるのを促した。

 すると数秒もせずいつもの体になってこちらに向きなおる二人。どちらも真剣なまなざしをしていた。

「実はさ……」

 そこからは察しの通りだ。事情を説明するや否や、二人は思案気に首を捻る。だが、それはどこか慣れているようにも感じられた――おそらくこれまでもこういったことはあったのだろう。正直、冷静な対応をしてくれるのはありがたいことである。

『レイ。今あなたはどんな気持ちですか?』

「どんなって……もやもやしてるよ。どうして先輩があんなことをしたのか、それに先生があそこまで起こったこととか、色々あってわけがわからない」

 だが、そこで彼女はふと笑い、

『では、いいことを教えてあげましょう……その気持ちを晴らす方法を』

「何?」

『これはあなたにだけ教えてあげます。他言は無用ですよ? それでいいなら御教授しますが、どうしますか?』

「頼む。早くこの気持ちを取り払いたいんだ」

『わかりました。では、いつも通り座って構えを取ってください』

 言われるがまま椅子に腰かけ、スタンドの位置を直して演奏の構えを作る。そして再び楽器体へと戻ったMCを抱え、マウスピースに口をつけた。直後、響いてくる彼女の声。

『何も考えないで――思いっきり吹きなさい。それが、極意です』

「……は?」

『いいから。ほら、やってみなさいな』

「……」

 不承不承頷き、大きく息を吸い込む。そして――

「――――――――――――――――――――ッ!」

 力の限り、今の俺にできるだけの最大音量で吹いた。すると、木々が一瞬揺れ、地面が震える。それと同時にその音は俺の全身をも駆け巡った。今まで感じていた不安や、焦燥感。怒りまでも一斉に吹き飛んでいくような感覚――なるほど、これは、快感だ。

「――――――――――――――――――――ッ!」

 そこで止まらず、息を吸い込みさらに吹き込む。何度も、何度も、何度も!

 しばらくして、マウスピースから口を離すと、大きく肩で息をしている自分がチューバのボディに移っていた。そっと額を触ってみると、じんわりと汗が滲んでいる。こんなのは今まで初めてだ。

『どうでしたか?』

「ああ……最高だ。何も考えないで、ただ気の向くままに吹き鳴らすのがこんなに気持ちいいなんて思わなかった。ありがとう、教えてくれて」

『それは何よりです。思い詰めた時こそ、こうして発散するのがいいのです。普段は色々と気を張り詰めているでしょう? 確かにこういったことをするのはあまりお行儀がいいものではありませんが、たまにはいいでしょう』

「ああ、そうだな……また何かあったらやろう」

 憑き物が落ちたようだった――これまで何かと一つの音を吹くにも人の事ばかり気にかかっていたから、こうして自由に吹くのは正直久しぶりだ。初心を思い出したせいか、再び体に力がみなぎってくる。今までの沈んだ気分が嘘のようだ。

「さて……悪かったな、二人とも。行こうぜ? どこまでも」

『クサいですね』

『うんうん。レイってたまにそういうとこあるよね?』

「あのさ、カッコつけてるんだから茶々入れないでくれよ」

 やはりこいつらは――最高だ。


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