百二十五話目
結局、それからのパート練は酷く空気の悪いものになってしまった。一応上村先輩が他の上級生たちに事情を説明し、緊急の会議が行われたようだが……おそらく先生に入っていないはずだ。きっと生徒たちだけでまずは話し合って、それでもだめなら相談するつもりなのだろう。
だが、はっきり言ってそれは愚策だ。時間がないのを自覚しているなら、直接言った方がいい。例えそれでお怒りを受けることになろうが最善の方法を取るべきだろう。
ただ、一回の部員であり一番の下っ端である俺にはそれを言う権利はない。音楽に置いてはほぼ平等に扱われるが、これに関しては別だ。部の運営に関しては先輩たちの方が権力を持っている。だから、俺はこうして一人独白するしかない。
『大丈夫ですか? レイ……』
「ああ、大丈夫さ。というか、今は話しかけてくるなよ……ばれたらどうするんだ?」
一応個人練に入っているとはいえ、聞かれる危険性がないわけではない。そっと彼女に耳打ちすると、しばらくして弱弱しい声が帰ってきた。
『ですが……少し辛そうでしたので……つい』
「……ごめん。ちょっと言い過ぎたよ。気にかけてくれてありがとう」
『いえ、こちらこそ出過ぎた真似をして申し訳ありません。失礼します』
そこで彼女との会話は途切れてしまった。何気に俺のことを考えてくれていたのだろう。本音を言えば、少し聞きたいこともあった。
なぜ、彼女はあそこでトラに譲るという選択肢を取ったのか?
先輩は三年生であり、観艦式は今年で出納めのはずだ。ならば、出来るだけ輝かしい舞台に立ちたいはずではないだろうか? そんな疑問が浮かんでは消えていく――正直言ってあまりいい心地ではない。
「……クソッ」
小さくぼやいて音をかき鳴らし、気分を晴らそうとしたところで――唇に走る鋭い痛み。ふと触ってみれば、唇が裂けて血がたらたらと流れていた。準備を怠り、唇を鳴らしておかなかったせいだ。
そんな自分の不注意すらも苛立ちを募らせる一因になり、気づけば心はまるで曇天のように暗く沈んだものになっていた。




