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百十九話目

 時刻は昼の十二時半。昼ご飯を早めに終えた俺たちは音楽室に集められたわけだが、どうしてか口咲先輩とトラの姿が見られなかった。燐や千尋も不思議そうな顔で首を傾げている。

「先生に呼び出されてるのかな……」

「かもね。もしかしたら連れられてくるのかも」

 燐と千尋の意見に頷きを返す。でなければ、張本人たちが居合せない理由が見つからない。おそらく、何かしらの確認が行われているのだろう。

「さて、みんなおそろいかな?」

 と、そこで後方から先生の声。それを聞いて一斉に俺たちは立ち上がって彼に頭を下げた。

「悪いね、集まってもらって。時間がないから早めに済まそう。ほら、早く二人とも入って」

 まるで連行されてきた犯人のような面持ちで二人は歩み出てきた。どうやら相当疲弊しているらしく、見るからに元気がない。トラなんていつもの明るさが嘘のようだ。

「さて……二人とも。これは君たちのために集まってもらったミーティングだよ。何でかわかるかな?」

「……演奏に支障をきたしていたからです」

 先に口を開いたのは口咲先輩。気のせいか、声が震えていた。

「そうそう。じゃあ、その理由はわかるかな?」

「俺たちの音が合っていないからです」

「大体五十点。それよりも君たちの関係性が問題なんだよ。軋轢が生まれてしまっている。もちろん、そういうのが生まれるのはある意味しょうがないことだ。人間なんだし、それぐらいあって当然……けど、それを演奏に出しちゃだめだ。いくら学生とはいえ、広義の意味では部員たちも全員演奏家だ。私生活とは割り切らなくちゃいけない」

「はい……」

「……」

 口咲先輩はそれに応えを返すも、トラは黙り込んだままだ。悔しそうに唇を噛み締めている様子を見るだけでこちらの心まで痛くなってくる。

「みんなはどう思ったかな? 二人に関して」

「私はこの時期にこういうことになるのは避けてほしかったです。何がきっかけかわかりませんけど、あと一週間足らずなんですよ? もう時間がないんですよ?」

 答えたのは上村先輩だ。やや苛立っているようにも見える。それだけ子の観艦式にかける思いはすさまじかったのだろう。

「というか……何でこうなったんです? 私たち、何も知らないんですけど」

 次に口を開いたのは霜国先輩だ。それに対して先生は頷きを返す。

「聞いたところによると……トラ。君が先輩に対して注意をしたことがきっかけらしいね。もっと大きく吹いた方がいいって」

「……はい。俺が音を合わせるとなると、トランペットの音全体がかき消されると思ったんです」

「うん。そうだね。音を小さくして合わせるよりは底上げした方がいい。俺もそれには賛成だよ」

「というか、それなら夕。あんたが音を出さなきゃだめだろう? 後輩に負けてどうするよ」

 今度は能代先輩が告げた。荒々しい口調に代わっているということは、スイッチを入れているのだろう。それだけ彼女もご立腹のようだ。

「まぁまぁ。ここは糾弾する場じゃなくて、どうするかでしょ? それを話し合わない?」

 さすがは部長といった感じで桶田先輩が仲裁に入る。だが、口咲先輩は気が気でないようで、ときおり辛そうに顔を歪めていた。

「あの……私は吹いたことがないので何とも分からないんですが、音量を増すのは難しいことなんですか? この短期間では無理なんですか?」

「いや、大暮。そんなことはないよ。努力すれば音量なんてどうにでもなる……いい例がそこにいるだろ? なぁ、樫井」

「ええ!? あ、その……ええ!? ちょ、能代先輩!?」

「そう驚くことでもないだろうよ。こんな短期間であれだけ音が出せるようになったんだ。もっと胸を張りな。あんたはよくやってるよ」

「あ、はい……ありがとうございます」

「はいはい、論点がずれてるよ。これからどうするかでしょ!」

 先生から指摘が入り、つい俺は肩をちぢこませてしまう。だが、能代先輩だけは腕組みしたままふん、とそれを鼻で笑い力強く二人を見据えていた。

「俺としては、今の音量のままだと非常に危ないと思う。行進曲で、しかも外で吹くんだよ? 反響も何もない……純粋な音量が勝負を決めるんだ。短期間で出来るかな?」

「……やってみせます」

「よし、それじゃもう一つ」

 そこで先生は改めてためを作り、

「二人とも、これから関係は修復できるかな?」

 そう――告げるのだった。


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