百十五話目
昼の空に響くは軍艦行進曲のメロディー。勇ましく壮大で凛々しさを感じさせる。
ちなみに今は準備室でBGMとしてかけながら昼食をとっている。音源については先生に無理を言って借りたので問題はない。多少手間はかかったが、それだけの会は十分あった。
まず、演奏しているのがプロということもありミスがほとんどなく曲の感覚やイメージが非常につかみやすい。ただやみくもに楽器を吹くだけが練習ではないと再認識する良い機会になった。
『もしあなたならどう演奏することを心がけますか、レイ?』
と、そこで不意に俺の弁当の卵焼きを食べながらMCがそんなことを聞いてくる。朝の一件を得て更に距離は縮まったのだが……何だかこうしていると姉弟のようである。実年齢なら親子ほどだろうが、たぶん言ったら殺される。八つ裂きだ。
改めて咳払いをし、
「とりあえず気を付けるのはテンポだと思う。音源から聞こえる低音は一定でぶれない。しかもそれでいて周りの音を支えているからこれが理想に近い」
『概ね正解です。ただ、以前指摘されたように跳ねるように、軽快な演奏を目指していきましょう。行進曲ですから、前に前に進んでいくようなイメージを持った方がやりやすいと思います』
「了解。そういえば、俺たちはマーチングじゃなくて座って吹くんだよな? でも、普通行進曲っていうのはマーチングありきじゃないのか?」
『まぁ、それには深い理由があるんだよ』
と、そこでこれまた弁当箱の中のミニトマトを口に放り込みながらスーが告げる。さりげなく食べているが、俺にとっては貴重な栄養源だということを忘れないでもらいたい。
『うちの学校って規模が小さいでしょ? 大勢でやらないと映えないし、それにマーチング用の楽器や小道具はないんだよね。吹奏楽部とマーチング部って普通は分かれてるものだししょうがないよ』
「むぅ、そっか。大変だな、この島も」
先輩たちから聞いた話だが、多い時は百人以上の部員が在籍していたそうだ。それが交通の便の発達や近代化が進むにつれ、都会に進む人たちが増えこの高校に入る人も減少したそうだ。過疎化スパイラルとでもいうべきだろうか? 一向に良くならない。
『あ、そうだ。レイって中学行ったことある? 高校に入ってから』
「いいや。何でだ?」
『ああ、中学のチューバと会わせてみたいなって思ってさ。前回は中高合同で観艦式も出ていたんだけど、今回中学はお休みみたい。何でも顧問の先生が嫌がったみたい』
「? どうして」
『人づてだから確かじゃないかもしれないけど、下手な演奏をして恥をかきたくなかったんだってさ。中学はどうも顧問の入れ替えがあったみたいだからそれで方針が変わっちゃったみたいだね』
「ってか、間違ってるだろ、それ。下手な演奏を利かせたくないなら練習すればいいじゃないか。そのためにこうしてやっているんだろ?」
『僕に言わないでよ……ま、話を戻すと中学には二人のチューバと一人のスタンドがいてね? 当然付喪神の。みんな会いたがってるみたいだから紹介したいなって』
強引に話を戻したスー。だが、ここで一つの疑念が生まれた。
「待ってくれ。会いたがってるって、お前その人達と話したのか?」
『もちろん。夜人がいないときに抜け出してたまに』
「おいおい……」
存在をひた隠しにしていたくせにこう言ったところだけは大胆で困る。そもそも二人ともこんな島には場違いなほど綺麗なんだからリスクが大きすぎるだろう。
『レイは中学の子たちと気が合うと思いますよ。特に一人。心当たりがいます』
「へぇ、どんな奴だ?」
『一言で言うと馬鹿ですね』
「またこれか!」
もはやすっかり恒例のパターンとなってしまった俺弄り。なぜかその見知らぬチューバに対しても親近感がわいてしまう。
『本当に似てるよね……怖いくらい』
『向こうの方がもっと馬鹿ですけど、レイも相当ですものね……』
『そうそう。あっちは全てにおいて馬鹿。レイは勉強はできる馬鹿』
あれ? 馬鹿って何だっけ? ゲシュタルト崩壊を起こしつつあるぞ?
『ま、観艦式が終わったら会いに行ってみるといいよ。卒業生なら余裕でしょ?』
「……だといいが」
ぼそりと呟いて弁当箱の中身を一気にかっ込む。それに対して二人は厚かましくも非難の声を上げてきた……が、悪くない。
こうして軽口が交わせるようになったのは確かな進歩だ。徐々に互いのことがわかってきているし、何より一緒にいて安心感がある。きっと彼女たちがいれば大丈夫だ。俺はどこまでも行ける――そう強く感じた。




