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百十四話目

 恒例の朝練。一人準備室の椅子に腰かけ基礎練を淡々と行う……が、

『ほら、集中集中。今日はなんだか乱れてるよ』

「……ごめん」

 スーから鋭い指摘が入る。だが、その理由は自分でもよくわかっていた。さっき話したことがまだ後を引いているのだ。俺はこれからどうすればいいのか、迷ってしまった。

『さっきの話のことを気にしているのですか? 別にそう気負うことはありませんのに、あなたは本当に馬鹿正直というか素直というか……』

「なぁ、もし俺が高校で辞めるって言ったらお前らはどう思う?」

『別にどうとも』

『僕も。実際にそういう子はたくさんいたからね。だからそう考え込むのは無駄。今やるべきことをやろうよ』

 二人の言うことは冷たく、しかしどこか悲しそうに響いた。おそらく、俺よりずっと才能がある人が辞めるのも見てきたのだろう。それはきっと彼女たちにとって何よりも辛かったはずだ。

『レイは私たちが……チューバが好きですか?』

「ああ! 大好きだ! 確かに重いし目立たないし地味だし、単調なリズムばっかりで退屈だけど、それでも合奏の時のあの支えている感覚は最高だ! 他の音を乗せて歌って、しっかり土台を作って曲のイメージを作るのは本当に楽しい」

『ふふ、ありがとうございます。それならよかったです。この学校は全校生徒何かしらの部活に入らなくちゃいけないでしょう? 嫌々やっている子もいたので、そう言ってもらえて嬉しいですよ、私たちは』

『うんうん。最悪さ、楽器は続けなくていいからさ。ただ、チューバの事や吹奏楽のこと……あと、出来れば僕たちのことを覚えていてくれれば嬉しいな。それだけで僕たちは十分幸せだから』

「……悲しいこと言うなよ。俺がお前らを忘れるわけないだろう。嫌いになるわけないだろう。本当に会えてよかったと思っているさ。たまに口うるさかったり厳しかったりするけど、ちゃんとこっちのことを思いやってくれていて考えてくれている。それに、俺はお前らのおかげで救われたんだぞ? いや、あの落ちかけた時じゃなくて精神的に。音を出す楽しみを知れたし、みんなで音を合わせたり一つの音楽を作っていく喜びも知ることができた。正直言って今、すごく幸せだよ」

 そこからはしばらくの沈黙。かと思うと、彼女たちは急に楽器体を解除し、いきなり俺に抱きついてきた。その女性らしい感触と温かさに驚くと同時、どこか安らぎを覚えてしまう。

『ありがとうございます……レイ』

「MC?」

 彼女は声を震わせている。ちらりと横を見れば、その雪のように白い頬を涙が伝っていた。反対側にいるスーはボロボロと涙をこぼし、綺麗な顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくっている。

『そう言ってもらえるなんて、楽器冥利に尽きます。嗚呼、よかった。私の……が、あなたで』

「? 今なんて……」

 途中彼女の声がかすれたことを不審に思い問いかけるも返事はない。MCにしては珍しく、まるで子供のように嗚咽を漏らしていた。

 それからずっと、二人は俺に抱きついていた。もしかしたら、ずっと彼女たちは苦しんでいたのかもしれない。忘れられるかもしれない恐怖や自分たちの気持ちが俺に伝わっていないかもしれないという不安に。

「言ったろ? 俺は馬鹿だって。だから、馬鹿正直に、愚直にお前らを信じて思って愛するよ。これからもずっと、ずっと。死ぬまでな」

 更に力を強めて抱きしめてくる二人。だが、そうすることによって彼女たちの思いや感情。それらをより密に感じている――そんな気がした。


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