百十三話目
「悪いな。ちょっと遅れた」
『いえ、構いませんよ。短い時間でも集中すれば十分な効果が得られますので』
「ありがとう」
翌日、またも一番乗りで学校に到着した俺は二人と談笑していた。少し最近の疲れが後を引いていたのか遅刻してしまったが、彼女たちは笑ってそれを受け流す。
曰く、長くだらだらとやるよりも短い間で集中してやった方が効率もいいそうだ。まぁ、理想形は長く集中力を保つことなのでそれを最終目標としているが。
「そういえばさ。俺って音量とかはどうかな?」
『? それは演奏中ってこと? それともポテンシャル的な意味合い?』
「ポテンシャルの方だよ。ほら、肺活量とかあるだろ? 自分ではよくわからないからどうかなって」
なるほど、といった感じで二人は頷く。そしてすぐにこちらに向きなおって口を開いてきた。
『肺活量に関してはかなりある方ですね。おそらくこの島という環境でしょうが、それでも同年代では群を抜いていると思います』
『だね。結構素潜りとかしてるでしょ? もちろん生まれつき肺活量があるみたいだけど、それでさらに拍車がかかっている感じかな』
「へぇ……そうなのか。何かそう言われると少し照れくさいな」
『ただ、それを使いこなせていないんですけどね。宝の持ち腐れ、豚に真珠、猫に小判ですよ。肺活量があっても唇が安定していなければ音程は合いませんし、お腹の使い方が悪ければ揺れます。それにブレスコントロール。これが全然出来ていないので合奏中も音量にムラがあります』
だから何でMCはいつも上げて落とすんだ? そこは乗せてくれてもいいんじゃないのか?
『でも、何でそんなこと聞いてきたの? もしかして昨日の事?』
「よくわかったな、スー。そうそう。ちょっと気にかかってな」
『そういうことね。まぁ、確かにあの子はちょっと音量を出すのが苦手みたい。たぶん、今までずっとセカンドだったのが後を引いているんじゃないかな?』
「セカンド? 野球のか?」
だがそこでスーは豪快に声を上げて笑う。MCは残念なことを見るように俺の方を見ていた。相変わらずひどい扱いである……もう慣れてしまったという事実に戦慄するが。
『違う違う。曲によってはファースト、セカンド、サードってあってね? 簡単に言うとファーストはソロを吹く人。セカンドやサードはそれをサポートするって考えてもらっていいかな? それぞれ楽譜も違って役割も変わってくるんだよ。ま、チューバはそういうのほぼ無縁だけどね』
「出たな、謎のチューバの仲間外れ。不憫すぎるだろう」
『そうでもありませんよ? むしろオンリーワンという感じで私は好きです』
『僕も』
やばいなこいつら……悟ってやがる。
『口咲さん……だったかな? あの子は入部してからずっとセカンドでね? 先輩がいたから。それで今回初のファーストでしょ? そりゃあ音量の調節もわからなくなるよ』
「大変だなぁ、余所のパートは」
『他人事ではありませんよ。レイももし高校を卒業しても音楽を続けるなら通る道です。チューバだってソロはあるんですから、ファーストやセカンドといったくくりはなくとも近い経験はするはずです。しっかり知っておくに越したことはありませんよ?』
「う……すまん。反省する」
とは言ったものの……俺は内心少し戸惑っていた。というのも、高校を卒業してからのビジョンが全くない――いや、正確に言うなら世話になった姉さんに恩返しをすること以外は考えていないのだ。ましてや、吹奏楽の事なんて頭の片隅にも置いていなかった。
もし……俺が吹奏楽は高校卒業と同時に辞めると言ったら二人はどう思うだろう?
それが何とも怖くて、恐ろしくて、悲しくて。つい俺は黙り込んでしまった。




