表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/168

百十一話目

 時刻は昼の四時。昼練は今回もパスして、改めて譜読みを入念にやった。トラたちから合奏の時のコツ――具体的には視線の向きや周りの音の聞き方など。なかなかに興味深いものばかりで、思わず今まで聞かなかったことを恥じてしまったほどだ。

「さて……そろそろか」

 トラがぼそりと呟く。確かに遠くから先生のものと思わしき足音も聞こえてきた。つい昨日の記憶がよみがえり、手に汗がにじむ。気のせいか、動機も早くなってきた。

『レイ……落ち着いて』

「スー? ダメだろ、話しかけてきたら」

 幸いに俺にしか聞こえないほどの声量だったが、万が一ということもある。あまりにもこれは彼女にしては愚行だ。

『大丈夫。一人じゃないから、周りをよく見て、自分を、私たちを信じて。それじゃ、頑張ってね』

 それだけ言って彼女はだんまりを決め込んでしまう。言いたいことばかり言っていったな、あいつ……でも、楽になった。ほんの少しだが、落ち着いた。

「ありがとな、スー……」

 彼女に報いるため、自分の頬を両手ではたいて気合を入れる。つい良い音が響いてしまい、部員全員の視線を受けて顔を赤くしてしまった。不覚だ。

「ん、全員揃ってるね」

「気をつけ! 礼!」

『お願いします!』

 先生が入ってくるなり一斉に起立して頭を下げる。彼はそれに軽く会釈して、壇上に登って指揮棒を構えた。またも言いようのない不安感が辺りを包む……が、自分でもよくわからないが、なぜか俺はここで笑みを浮かべた。

 気持ちが高ぶっているというか、制御を失った機関車の動力部のように荒ぶっている。この感覚がどうしてか、異常に懐かしく同時に誇らしかった。

「それじゃ……行こうか」

 拍をしばらく刻んだ後で振り下ろされる指揮棒。何とかそれにくらいついていくことに成功し、とりあえず出だしはばっちりだった。

目線はずっと指揮者の方……ブレスは短くしっかりと吸い込む。

脳内でみんなから教わったことを反芻。昨日とは違ってすぐにパニックに陥るということはなかった。演奏の感覚を掴めたからだろうか? そこまで苦痛には感じなかった。

 ちなみに軍艦行進曲におけるチューバの楽譜はとても単調だ。ほぼ一定のリズムで刻むだけ……だからこそミスが目立つし、他を狂わせてしまう。特にこの曲は行進曲だ。低音やリズムは他の基盤となる。

「……レイ、もっと音を跳ねさせて」

 先生から指摘が入るも合奏は止まらない。トラたち曰く、これはまだセーフラインだそうだ。多少気になるが、合奏は続けられるレベル――まぁ、それでも胸を張れることではないのだが。

 というか……跳ねる? ど、どうすれば……。

 悩んでいるうちに曲は進んでいき、とうとうそのイメージを掴めないまま終了を迎えた。最後まで止まらずに行けた達成感と、先生の指摘を上手く理解できなかった後悔が襲ってくる。

「うん。何とか最後まで行けたね。ただ、やっぱりチューバ。ちょっと重い。もっと軽く跳ねるようにしてくれないと、行進曲らしさが出ない」

「はい!」

「うん、頑張って。次に、金管。もっとパワーが欲しいな。ただでさえうちは少人数なんだから、フォルテの部分はフォルテッシモぐらいの勢いで吹かないと。けど、音は割らないようにね」

『はい!』

「よし。後は……パーカス。今だけでいいからちょっとはっきり目に叩いてくれる? 本番は今ぐらいでいいんだけど、まだチューバがリズムに乗りきれていないからその手助けをしてあげて。よろしく」

『はい!』

 ……むぅ、それなりに上手くいったかと思ったが、先生からしたらまだまだだったようだ。また先輩たちに迷惑をかけてしまい、申し訳ない。

「それじゃ、今の反省を踏まえてもう一回。行くよ」

『はい!』

 再び繰り返される演奏。だが、今度は開始から数小節したあたりで先生が首を振って中断。その原因は……おそらくトランペットパートだ。

「トランペット。音をもっと出して。トロンボーンはおろか、木管にまで音量で負けてるよ」

『はい!』

「じゃあ、もう一回」

 だが、また演奏が止められる。力み過ぎたペットが割れた汚い音を出し、不協和音を作ってしまった。

「はいはい。集中して……いや、そうだな。一人ずつ吹いてみよう。まずはトラ」

『はい!』

「さん……はい」

 奏でられるトラの音は勇ましく、とても力強い。まさに軍隊の行進曲といった感じで自信と気迫に満ち溢れている。二小節吹いた辺りで先生は満足そうに頷き、今度は口咲先輩の方に向きなおった。

「さん……はい」

 聞こえてきた音はとても優しく流麗だ……が、はっきり言って曲調に合っていない。それは他の部員たちも同様のようで、皆渋い顔をしている。

「う~ん……もうちょっと勢いが欲しいかな? 今日はこのまま止めるわけにはいかないから流すけど、改善するように」

「……はい」

 そう言った口咲先輩はとても悲しそうだった。やはり後輩の方がいい評価を得たからだろうか? まだ始めたての俺にはわからないけど、それはきっと……何よりも辛いはずだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ