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百九話目

 ガヤガヤと騒がしい放課後の音楽室。だが、先生が来るとすぐにシンと水を打ったかのように静まり返った。先輩やトラたちもそれにつられて緊張感のある顔つきになる。さながら戦前の武士といった感じだ。

 壇上に立って一礼した先生はこちらに向かってニッと口角を吊り上げ、自信たっぷりに告げた。

「さて……はじめようか」

 ゾクリ、と。まるで氷を背中に突き入れられたような感覚が俺を襲う。いつものみんなからは想像もできないほどのプレッシャーが放たれ、この空間に満ちていく。それが何とも心地よく、そして薄気味が悪かった。

「……」

 無言で構えられる指揮棒。それに合わせて部員たちが楽器を構えた。直後、

「……っ!」

「――ッ!」

 指揮棒に合わせて奏でられるのは軍艦行進曲の前奏。確かに、確かにいつもと同じはずなのに、体調も、やっている曲も同じなのに……どこか違う。呼吸が整わないし、指が震える。指揮を見ているはずなのに少し遅れ気味になってしまっている。

「はい、やめて。レイ。もっと落ち着いて」

「はい!」

「じゃあ、もう一回。さん、はい」

 再び始められる合奏。だが、やはり合わない。というか、俺が乱してしまっている。

 唇が強張って上手く鳴らないし、暗譜も行ったはずなのに言いようのない不安感――音がちゃんとあっているかどうかというものが俺を襲い、チラチラと楽譜を見てしまう。すると当然の帰結としてテンポに遅れ、合奏が止められる。最悪だ。その度に合奏が止められ先生からの指摘が入った。

「もっと周りの音を聞いて。一人で吹いてるんじゃないんだから」

「ほら、俺を見て。楽譜とにらめっこしているようじゃまだまだだよ」

「あ~……惜しい。上手くいったからって気を抜かないで。気を抜いていいのは演奏が終わって楽器を片付け終わった時だよ」

 ……と、まぁこんな感じだ。演奏が止められた原因の九割が俺。残りの一割は先生がどうしても気になった細部。他の部員たちはミスといったミスをすることなく、淡々と――いや、それぞれの思いを乗せて歌っていた。俺だけだ。楽譜を、指揮を追うので一杯一杯になって表現できていないのは。

 今まで積み重ねてきたものがぐしゃりと踏みつぶされるような嫌な感覚。冷や汗がどっと全身から溢れ、それに影響されて演奏が更に壊滅的なものになっていく。もう何が何だかわからなくなってきた。


「……うん。そろそろ時間になってきたし、今日はやめよう。明日は今日よりも上手くね」

『はい!』

 それから二時間たってようやく合奏が終わった。だが、正直俺にとってはまるで何十時間も吹いていたように感じられ、実際に動悸も激しく全身びっしょりと汗をかいていた。

「大丈夫か……俺?」

 ぼそりと、誰にも聞こえることなく呟いた言葉は吹きつける風にかき消されていく。正直ここから上手くなれるのか、自信がまるでなくなってしまった。


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