百七話目
『それじゃあ、時間ですね。お疲れ様でした』
「ああ、ありがとう。いやぁ、頑張るよ」
結局あの後も練習を二人に見てもらったのだが、やはり思うようにはいかず満足がいかないまま時間になってしまった。小さくため息をつきつつ二人を所定の位置に戻し、持ってきたバッグを肩にかける。
「じゃあな。また昼にでも」
『ええ、さようなら』
『バイバイ、レイ』
満面の笑みを向けてくる二人に手を振り返してその場を後にする。すでにほとんどの生徒が登校してきているらしく、向かいの校舎からは笑い声が響いてきた。それを聞いて足を速めようとしたところで――
「あ、レイ。ちょうどよかった」
「小林先生。どうしたんですか?」
「いや、ちょっと話したいことがあってね。さっきまで音が聞こえていたから」
ニコニコと笑いながらこちらに歩み寄ってくる先生。というか話したいこと? 思い当たる節がないんだが……。
「まぁ、単刀直入に言おう。今日から曲練に入って」
「……へ?」
思わず素っ頓狂な声が漏れた。念のため耳をほじくってもう一度先生に問いかける。すると彼はやはり笑ったまま、
「いや、だから今日から合奏に入ってもらいたいんだ。これまでの自主練の音なんかを聞いていて、後は俺たちでカバーできるほどにはなっているし、何よりみんなからも言われたからね。全員でやりたいって」
「……本当ですか?」
「もちろん! 全員気にかかっていたんだよ。まぁ、後は色々手続きとか説得とかたくさんすることは多いけど俺が全部やっておくから安心してよ。頑張って」
そう言って俺の肩にポンと手を置き、去っていく先生。その後ろ姿はとても男らしく、カッコよく見えた。
「……」
しばし俺はその場に立ち尽くしてしまう。もちろんうれしいのだが、それよりも驚きの方が強かったのだ。部員たちが俺を参加させようとしてくれていたことや、それを先生が汲んでくれたこと。何より努力が実ったと実感できたのが大きかった。
「……」
そっと窓の向こうに見える空を見ながら息を吐く。まるで俺の心を体現してくれているかのように伸びやかな清々しいまでの青空……まぁ、おそらく偶然だが、今の俺にはそう思えた。
心が温かく、どこかじぃんと響くような――その久方ぶりの感覚に身を委ねながら教室の方へと足を向ける。
絶対に上手くなろう。また何度でも、この充足感を得るために。




