一片(ひとひら)目* 二人目の【守護者(バディ)】
初めまして。拙い作品ですが宜しくお願い致します。
夜半に降り出した雪は眠るように横たわる一人の女の上へ、まるで薄衣を掛けたようにうっすらと積もった。
一面の白に反射した光が彼女の黒髪を照らしている。
音すらも包み込む静かな雪の中、一人の男が近づきそのまま彼女の脇に屈み込んだ。それに合わせ装身具が冷たい音をかすかに鳴らす。
男は剣をしまうと目を閉じたままの女の息を確認し、彼女を抱え上げた。青白い頬に血の気はないが、少なくとも生きている。急がなければ――。
力強く雪を踏みしめ、男は足早に来た道を戻っていった。
* * * * * * * * * * * *
──5年前。
「貴方はだぁれ?」
ある屋敷の一室。
贅を尽くした調度品に彩られた部屋の中、天蓋からかかる薄い帳の向こうでベッドに腰を掛けている少女。
雪のように、すべてが白い。
その瞳以外は。
それは曇天の空を閉じ込めたかのような、鉛の彩。
泣いてもいないのに潤んだその瞳は帳のせいで少年にその色彩ははっきり見えない。
少年は返事も出来ず、ただ、呆然と立ち尽くす。
うそだ。本当に忘れてしまったのか?
「・・・お名前は?」
小首をかしげ、ふぅわり問う少女。
さらり、と少女の白銀の長い髪が揺れ、少年は我に返る。
あぁ···。やりたくない。だが、やらねば。
胸が締め付けられる想いを押さえ付け、喉から声を押し出す。
「・・・申し遅れました、我が名はリュオ。貴方の【守護者】となる者です。我が命ある限り、貴方の盾となりましょう」
いつもみたいに、静かに拒んでくれまいか。
心では微かな希望を呟きつつ、よろよろと片膝をつき、震える手で懐から小さな宝剣を取り出す。
銀で出来た刀身を手で挟み、その切っ先を自分の胸に向けて、目を閉じ少女の沙汰を待つ。
少女はじっ、とリュオと名乗った少年をしばらく見たあと、立ち上がり少年の差し出している宝剣の柄を握った。
まさか。本当にっ!?出来るはずが···。
「・・・貴方の命、預かるわ。では、これを」
少女は宝剣の刃を、自らの左側のこめかみあたりの髪のひと房にあてる。右側はすでに短い。
ざくっ─。
掌ほどの長さに切られた一房の髪に少女はくちづける。
すると髪は一瞬の光の後、姿を変えた。
「我が名はリサ。雪の神の御加護がありますように─」
しゃらり、とリサは跪いたままのリュオの首にそれをかけた。
胸元には【守護者】の証、雪晶の飾り。
リュオが目を見開き顔を上げると、そこにはリサの花のような微笑みがあった。
希望は砕け散った。
* * * * * * * * * * *
─ぱたん。
リュオは今閉めた扉のノブを離すと扉にそっと手を当て、目を閉じ奥歯を噛み締める。
リサの前からどうやって辞してきたのかわからない。それほどショックだった。
やはり、本当だったのか。
「その様子だと、選ばれたようだな。本来ならば選ばれるはずがないのに」
女にしては低い声が静かに掛けられる。
「・・・ええ。全く別の名乗りをされました」
振り向かず、答える。間髪入れず問う声。
「なんと名乗られたのだ?」
「リサ、と。以前のリツカ様とは全く違うご様子でした。夢見るように、花のように艶やかで」
胸元に掛かる雪晶の飾りを右手ですくい上げ、息とともに細く零れる言葉。
飾りの色は、紅玉のよう。形は雪の結晶なのに色のせいで花のように見えてしまう。
遠く、遥か南で咲くという、紅の花。
この国では見られない、似つかわしくない、花。
「そうか。やはりフレイの影響か」
「申し訳ございません、神官長。我が兄の失態、いか様にも罰は受けます」
リュオは跪き胸に右手をあて、頭を垂れる。
神官長・カザリナは暫く黙考した後に告げる。
「そなたも花嫁に忘れ去られた一人。花嫁にこれからより一層尽くせば不問にいたそう。花嫁が恙無く神事を行えるように」
「ありがとう、ございますっ!」
カザリナはリュオの返事に頷き、その場から立ち去った。
リュオはほぅっと一息つくと立ち上がり、複雑な心境のまま事の顛末を一族に報告するため家路を急いだ。
読んでいただき、ありがとうございました。