episode15
悪魔だ――。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
薄暗い部屋の中、パソコンの液晶画面の明かりが結城の顔を不気味に浮かび上がらせていた。結城の怯える瞳はパソコン画面を凝視し、真っ赤に充血した眼球が、きょろきょろと落ち着きなく動く。
書斎にこもってから四日が経つ。食事もろくに摂っていない結城は頬が痩せこけ別人のような形相になり、唇を小刻みに震わせながら逃れようのない恐怖に怯えることしかできないでいた。
突然、部屋のドアがノックされ、驚いてドアに顔を向ける。
「あなた。お願い、鍵を開けて。出てきてちょうだい。……せめて食事だけでも」
妻の声だ。泣いているようだ。昨日までとは違い、哀願に近かった。
「うるさい、黙れっ! 部屋に近寄るな!」
怒鳴り声を上げると、すすり泣く声が聞こえてきた。
込み上げる感情を振り払い、もう一度怒鳴り声を上げる。彼女は、「ご飯、廊下に置いておくわね。お願いだから少しだけでも食べて」と言って部屋の前から離れていった。
結城は頭を抱え込み、声を殺して泣いた。
「本当に――どうして、こんなことに」
戻れるものならあの日に戻ってやり直したい。結城はMichaelに興味本位で係わったことを深く後悔していた。
――何故、気づかなかったのか。
少年とのやり取りの時、Michaelは少年が進学を望む理由も両親が進学を断念することを望んだ理由も肝心なことを少年に何ひとつとして尋ねてはいない。ただ少年に《《進学するように勧め続けただけ》》だった。両親との溝ができても、なおも執拗に。
少年に選択肢を与えず追いつめていった。Michaelを信頼しきっていた少年は、疑うこともせずMichaelによってあらかじめ用意されていた道を選ばされていた。
その道の先にあるのは――地獄。
これは洗脳ではないか。
相手を信頼させ、自分の思い通りに操作したMichael。誠実でもなんでもなかった。天使の仮面を被った悪魔だった。
今なら少年の気持ちがよく解る。短絡的な犯行なんかではなかった。気の遠くなるような長い葛藤があったのだろう。Michaelの言葉と両親に挟まれ、彼は苦しんでいたのだ。
もちろん、少年は気づいてはいないかもしれない。だが彼は、Michaelに両親を殺す道しか与えられていなかった。
あなたの存在理由はなんですか?
脳裏にMichaelの言葉が蘇る。
「やめてくれ……」
結城は頭を抱え、その場に蹲った。
「やめろっ! 俺は俺だっ!」
蹲りながらMichaelの言葉を振り払うように叫んだ。それでもMichaelの言葉が次々と頭の中を支配していく。
家族の中にあなたの居場所はありますか?
なんの為に、あなたは生きているのですか?
家族の為に?
自分を犠牲にしてまで?
あなたは幸せですか?
このままでいいのですか?
取り戻しませんか、自分を――。
「こんな……こんなことに、なるなんて」
既に結城の心にMichaelの言葉が入り込み、彼の中で大きく育っていた。
Michaelに操作されていると解っているのに。それでも、このおぞましい感情から逃れることができない。むしろ自分の中で大きくなっていく。
これは本当に洗脳なのだろうか。それとも――俺の本心なのだろうか。
結城は事前に購入しておいた包丁を手に取る。大きく見開いた目で青白い光を放つ刃をじっと見つめた。
もう、限界だ――。
「俺にはもう、こうするしか方法はないんだ」
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