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囁く者  作者: haruka
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episode14

 捜査本部に戻ると既に何人かの捜査員たちの姿があった。壁かけ時計を確認すると八時を少し過ぎている。席に着き、報告書を書きながら捜査会議が始まるのを待っていると、「早かったな」と背後から声がした。振り返ると若林たちが立っている。

「お先です。――どうですか?」

「ぼちぼち、かな。修平たちは?」

 弥生から聞いた話をすると若林たちも美奈の車に興味を示した。

「車かぁ。確かにあんな辺鄙(へんぴ)な場所で車を持っていないのは変だなとは思っていたんだ」

 里見が(うなず)いて肯定する。

「もしかしたら車を取り上げられたんですかね?」

「ああ、あり得るな」若林はげんなりしながら、「あのご婦人はなかなかの猛者だよ」

 里見が苦笑する。本当に大変なのだろう。二人ともいつになく疲れきった顔をしている。

「おっと、始まるみたいだな。またな」

 篠原たちが正面の席に移動するのを見て、若林と里見は識鑑班の席に戻っていった。

 捜査会議が始まり、俺が最初に指名された。報告が終わると篠原がペン底で鼻の頭を掻きながら、「車の件については明日にでも若林たちに確認を取らせよう。あと、美奈がPTSDの疑いがあるって話。詳しく説明しろ」と言った。

「はい。病院に通っていなかったという事実と病院に着いてから急に美奈の様子がおかしくなったという槇田弥生の証言から、その可能性が高いのではないかと思われます」

「しかしPTSDだとしたら車も普通は乗れないんじゃないか?」

「美奈は事故の時、車の中で眠っていたと当時の事故報告書にありました。衝突時の記憶も彼女にはありませんでした。彼女にとって意識が戻ってからの方が衝撃が大きかったのではないでしょうか」

 全身を襲う激痛。そして両親の死。十二歳の美奈にとって重過ぎる現実。それを彼女が()らされたのは病室のベッドの上だった。

「なるほど。それについても一応、確認を取ってくれ」篠原は若林に向かって声をかけた。「望月、御苦労だったな」

 次に藤堂が指名された。俺と入れ替わるように藤堂が立ち上がる。

「水谷千代子の娘である水谷早苗に美奈について話を聞いたところ、大学卒業直後、彼女が家に訪ねてきたそうです。あとで千代子から、美奈が風邪をこじらせて左耳の聴力を失ったことを聞かされたそうです。障害を乗り越え、ピアニストとして活躍するようになってからも美奈は千代子の家をたびたび訪れていました。その千代子が五年前に馨と(いさか)いを起こしています」

(いさか)い?」

 篠原が怪訝(けげん)な顔をする。

「はい。原因は、美奈への馨の対応に千代子が苦言を(てい)したことによるものだったそうです」

「あの馨のことだから穏便にはすまなかっただろうな」

「馨はコンサートの関係者たちの前で千代子を激しく(ののし)ったそうです」

 篠原は口をへの字に曲げ、長い息を吐いた。

「やれやれだな。それで?」

「その場にいた美奈が間に入ってなんとか収拾がついたそうですが、それ以来二人は顔を合わすことはなかったようです」

「美奈も大変だな」

「ええ。その時、美奈は千代子に泣いて謝ったそうです。自分のせいで先生にまで迷惑をかけてしまって申し訳ない、と」

(たま)らんな」篠原はペン底で頭を掻きながら、「今までの報告から美奈は馨の管理下にあったと考えて間違いなさそうだな。他の関係者も、あれこれと口を出してくる馨には辟易(へきえき)していたようだし。厄介な婦人だ、まったく。藤さん、ご苦労さん。次、美和の足取りについて報告してくれ」

 捜査員が立ち上がり、美和の空港からの足取りが判明したことを報告した。

「タクシー会社から、美和らしき女を乗せた乗務員が見つかったと連絡が入りました。乗務員の業務日報では、その女は一月三十日に中部国際空港から乗車し、東郷町の公民館前で降車しています。乗車時刻は午前十時三十六分。美和の搭乗した航空機が中部国際空港に到着したのが午前九時四十分頃なので時間的に合います。半月も前のことでしたが上客だったということで乗務員が覚えていました。女はサングラスをかけ、ずっと窓の外を見ていたそうです。運転手が『旅行帰りですか?』と尋ねたところ、『ずっとフランクフルトに住んでいました。随分と変わりましたね』と女は答えたそうです」

 どうやら美和で間違いなさそうだ。捜査本部内は、やっぱりな、という空気が漂っている。これまで市内のホテルに聞き込みに回ったが美和が利用したホテルは見つからなかった。ならば美奈の家に向かったのだろう、と誰もが思っていた。

「いいか、美和の行方を捜し出すんだ! 立ち寄りそうな場所を徹底的に調べ、関係者への聞き込みをこれまで以上に強化しろ!」

 篠原が捜査員たちに向かって(げき)を飛ばす中、俺は藤堂に視線を向けた。

 気になったのだ。双子の妹である美和が容疑者かもしれないという事実を彼がどう聞いているのかを。

 若林の前の席に座る藤堂。そこにはいつもの穏やかな表情はなく、まるで死人のように血の気のない、能面のような顔をした藤堂の横顔があった。俺は計り知ることのできない藤堂の内面を、その横顔から垣間見た気がした。


最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

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