第九章 第一話 期末終了
「ふぅ。やれやれ……やっとこさ期末テストが終わったか」
三日間の日程で行われた、中学生過程全教科のテスト。
その終了のチャイムが鳴ったのを聞いて、カオルは首をコキコキと振りながら「面倒事終了!」の笑顔を見せた。
「どうだった? カオルお姉さま。初めてのアカデミーの学科テストの具合は」
「ん、千早か。いやぁ、なかなかどうして。大型悪魔獣に匹敵するほど、結構な歯ごたえだったぜ?」
(中学生のテストだから余裕だったけど、ある程度ミス回答を記入して、レベルをいい具合に下げるのに苦労したよ)
と、心の中でカオルは「へへ」と舌を出した。
「ふぇ~ん、お姉さまぁ! 私、超激ヤバだよ~」
と、そんな薫に抱き付き、すがり泣く少女の姿があった。それは勿論、
「あ、こら音葉! ウザったいからくっつくな……って! どさくさに紛れておっぱいを揉むんじゃない!」
「じゃあ、なぐさめてお姉さまぁ~」
スンスンと泣く小芝居を交え、慰めを強要するのだった。
「あー、わかったわかった。よしよし……と」
カオルが頭を撫でると、それに満足したのか、音葉の可愛い顔に「にぱー」とした笑みが咲いた。
「でも、追試とか落第はないんだろ? 勉強の成績が悪くたって、そこまで悲観する事は無いさ」
「うん。まだ中学だからね」
「でも、この後控える個人の模擬魔法戦闘テストの成績如何では、追試や落第はあり得るよ。お姉さま」
そう呑気に語る千早。
そこには、自分とは縁遠い物事故といった余裕がありありと見えた。
「そりゃあ、千早は個人バトル・テストの成績は優秀だから余裕でいいよな」
「そうだよね。なんたって近接戦闘ランクA+だもの」
「そ、そんな事無いわよ。成績が落ちないようにするのも努力がいるんだから。それより音葉、今回のテストでA-くらいにはランクアップしなさいよね」
「う~、そう無茶を申されますな千早殿ぉ~」
おちゃらけて返す音葉ではあった。
が、少なくとも――一年近くの付き合いである千早には、その瞳の奥に「勿論狙ってるよ!」という熱意がはっきりと見えていたのだった。
「ところでカオルお姉さま。今回のテストで、お姉さまの遠距離戦闘ランクが決まるよね」
「らしいな。昨日、綾乃先生に聞いたよ」
「もちろん、A以上狙いだよね! お姉さま。聞いたよ? 個人戦闘もチーム戦闘も、ノーマル・スキンで受けるんでしょ!?」
「ああ。ミスらなきゃいいけど、な」
「たぶん、いえ! カオルお姉さまなら絶対狙えるよ!! 私が保証する」
「はは、だといいな」
音葉の無担保な言い分に、一応カオルは控えめな返答でお茶を濁した。
その訳は、彼女自身に一抹の不安があるために他ならない。
(昨日、アヤちゃんに釘刺されたんだよな。まだ本域での戦闘は行うな。って)
そう。先日来の、カオルの身に起こった力の制御問題。それが未だ、未調整のままである事への不安。
カオルには、漠然とではあるが、通常戦闘は如才なくこなせる自信があった。
綾乃先生にも、「彼女なら」という安心感がある。故の、完全な調整が未だ成されていないままのテスト承認なのだろう。
が、カオルには、例のA‐PAS(アルティメット・パーソナル・アタック・スキル)の一件がある。
故に、綾乃先生の決断は――
『個人・チームの実技テストでは、ミレス・マガ・モードに変身しないように』
という、少々無茶な注文がなされていたのだった。
(制服では、防御も身体能力も、ミレス・マガ・モードの半分以下になる。果たして、そんな状況でテストで良い成績を出せるのか?)
カオルは自然、些か弱気になる。
(強気に、相手をナメてかかると、ロクな事が無いのは重々経験済みだからな)
過去の失態が、カオルの思いを律する――いや、もしかすると、呪縛のようにカオルを締め付けているのかもしれない。
「ま、いろいろ考えたって仕方がないさ。なるようにしかならないよ」
「ん、何? お姉さま」
「あ、ああ……いや、なんでもない。さぁそれより、今日帰ったら期末テスト終了のお祝いしようぜ? なんでも、エリーが『ガトーショコラ』なんてシロモノを作ってあるんだそうだ。音葉、悪いけど静音も呼んできてくれないか?」
「やったー! じゃあ帰ってすぐ、二人でエリーの部屋に行くね」
「……っと。千早には、醤油せんべいと高級玉露をセレクトしておいたぜ?」
「え!? あ、ありがとう。お姉さま」
「なぁに。元々は、デモ・マガバトルでお前から巻き上げたASPだ。遠慮するな」
「あはは。そんな事もあったね、カオルお姉さま」
千早のその一言は、カオルにとってとても嬉しかった。
「そんな事もあった」と懐かしがる想いが、「仲間になった」という実感となり、彼女の心に深く染み渡るような……そんな気持ち。
「ちょーっと待ってよお姉さま! じゃあじゃあ、私から奪った1000ASPは!?」
そんな良いムードをぶち壊す、音葉の声。
「あの時、欲しかったスカート買えなかったんだから~」
「ああ、わかったわかった。今度、アメちゃんでも買ってやるよ」
「ぶー! じゃあ1000ASP分、お姉さまのおっぱいをもませろー!」
「ぎゃあ! フ、フザケんな! このエロ娘……って、やべぇ。ちょっと変な気分になってきたかも」
どこまで冗談かわからないカオルのリアクションに、千早はクスクスと小さな笑みを浮かべた。
「本当、カオルお姉さまが女性で本当に良かった」
「な、何言いだすんだよ千早」
カオルは一瞬、驚きの表情を浮かべた。
「もし、男性だったらさ……公然とこんな事できないもんね!」
と、千早は悪戯顔で、カオルに抱き付いた。
「いいいッ! 何すんだ千早!!」
「いいじゃない、お姉さま。両手に花だよ」
「あ、アホ言え! わ、私にはそんな(年下)趣味はないぞ!」
焦って叫ぶカオルの声が、教室に響き渡る。
その直後の事。
「うおっほん!」
わざとらしい咳払いをする、少女の可愛い声があった。
三人が振り向くと、そこには――
「「「せ、先輩!!」」」
そこには、二年三組の鴻池由紀と……必死に怒りを鎮めつつ、笑顔でわなわなと打ち震える生徒会長・米嶋舞華の姿があった。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!