第八章 第十話 死
「ミサキ、ミサキぃッ!!」
血の海に沈み、動かなくなった当麻光咲の身体を揺り動かし、薫は叫ぶ。
両手が、部下であり親友であった者の血で赤く染まり、更にカオルの混乱を加速させるのだった。
そんな中。
――タンッ! タンッ! タンッ!!
いくつかの小銃の発射音が後方から聞こえ、薫の正気を呼び戻す。
次いで、
「隊長! 大丈夫っすか!?」
柳原の慌ただしい声が、薫の耳へと届いた。
「あ……ああ」
寝起き直後の、寝ぼけたような不安げな返事を返すカオルに、
「薫、しっかりしろ!」
怒号にも似た、橿原一曹の叱咤が飛ぶ。
「――はッ! い、一曹!?」
その声に、薫の思考回路が再び正常に――いや、正常を通り越して、フル回転で仕事をこなし出した。
「クソッ、府抜けてる場合じゃねぇ……逃げるぞ。一曹、柳原!」
薫は断腸の思いで、光咲の亡骸を放棄し、退路へと駆け出した。
二人と合流し、改めて撤退を指示する薫の言葉に、柳原一等陸士は出口へと急ぐ――だが! 橿原一等陸曹は、敵に対して銃を構えたまま動かない。
「何してんだ、一曹! 早く逃げ――」
「俺はここで、こいつと遊ぶ。その隙にお前らだけで逃げろ」
「ハァ!? アンタ、何馬鹿な――」
怒り交じりにそう言いかけた矢先。カオルの足元へ、橿原一曹は小銃を一発発射した!
「タンッ!」という発射音と、「チュンッ!」とコンクリートに跳弾する音が同時に聞こえ……怒気を孕んだ「オヤジ」声が、二人に向けられったのだった。
「さっさと逃げろっつってんだろ、このバカタレ共!!」
「い、一曹……冗談が過ぎますよ」
「薫よ。オッサンが生き残ったって、しゃーないだろ?」
「ば、バカ言うなって!」
「それによ。敵は余裕こいてか、わざわざこうして待ってくれてんだ」
そう。白い敵は、攻撃を仕掛けてこなかった。
その気になれば、おそらく三人まとめて軽く捻り潰せる事だろう。
が、敵はソレをせず、ただ「次は誰が相手なんだ?」といわんばかりの余裕を見せている。
それはきっと、額面通り「いつでも殺せる」という余裕の表れなのだろう。
「オラ、早く行け。敵さんが痺れ切らすぞ?」
「一曹……くっ!」
薫は駆けた。
そして、「どうしていいのか分からない」と、棒立ち状態の柳原の腕を掴み、無理に引っ張って走らせる。
「あ、ああ……でも、鬼首ヶ原サン。橿原一曹が……」
「 走 れ ッ ! 」
薫が声を荒げて言う。
その一喝に、柳原一等陸士も、今、成さねばならない事に気付き、振り切るように駆けだした。
「ワリィな、白いの。待ってもらってよぉ」
二人が非常階段へと向かうのを確認し、橿原一等陸曹は白い敵へと向き直す。
まるで、「いいさ」と言わんばかりに、改めて橿原一等陸曹と対峙する、謎の白い敵。
階段を駆け下りる薫と柳原の耳に、四発の小銃の発射音が聞こえた。
後、小さな悲鳴と、何かがさく裂する音が微かに聞こえた。
「くそ……クソッ!」
階段を下り、出口に向かったところで、おそらく敵が待ち構えているだろう。
そう考えた薫は、
「柳原!」
「は、はいッス!」
「一階の出口はヤバい。二階から脱出するぞ」
わずかながらの希望を掲げ、指示を出すのだった。
「了解ッス!」
階段踊り場の「2F」というパネルに目をやり、階段から通路へと進路を変更。
出口とは反対方向にある、半分開いたオフィスのドアへと身を滑り込ませる。
室内に侵入した二人は、窓際へと駆けより、一旦身を隠した。
(周囲を確認しろ)
薫はハンドサインで、柳原へと指示を出す。
(オールクリア)
柳原が、周囲に敵が居ない事をハンドサインで返すと、静かに窓を開錠し、開ける。
カラカラ……という小さな音が、オフィスだったであろう室内に舞う。
そっと覗き見る外は、風の音以外、何も聞こえない状況だった。
(先に行け、柳原)
と、薫が目線で合図し、部下を先に逃がす……筈だった。
――パシュッ!
その音が、薫の耳に届いた瞬間。
窓から身を乗り出した柳原一等陸士の腹部には、真っ赤な鮮血の華が開花していた!
「カハッ!」
苦悶と激痛が混じる一言を残し、力無くその身体は崩れ落ち、地面へと落下した。
「柳原!?」
薫は窓から身を乗り出し、空を見上げる。
と、そこにいたもの。
そのビルの上空高くに、ふわりと浮かぶ白い影。
「野郎!!」
慌てて小銃の銃口をソレへと向け、引き金を引く。
しかし、白い影はその全てを受けなお、一切のダメージらしい挙動を見せる事は無かった。
「チッ!」
無駄とはわかっていても、全弾撃ち切った後。
ダッシュで一階出口へと向かい、逃げを打つ。
だが――そこにはもはや、逃げ場はなかった。
「――!? 嘘だろ?」
出口の明かりが、薫を包んだ直後。
スタリッ! と、その目の前に降り立った白い影。
「はは……もう武器が無い。つーか、最初っからコイツに立ち向かえる武器は無かったな」
諦め、ただ呆然と立ち尽くす薫。
と、そんな彼に、奇妙な声が届いたのだった。
「我等が尊父より生まれし子らを数多く殺めた、害成す人の子。その罪を身に与えられ、我等が受けし悲しみを感じたや否や?」
優しい、女性の声での、おそらくは質問。
「……は?」
薫は思わず聞き返す。
「我等が受けし大いなる悲しみ。そなたも重々味わったや?」
それは、脳に、もしくは心に直接語り掛けてくる言葉だった。
「な……仲間を失う悲しみ?」
「返答やいかに?」
「そんなモン、テメェが来る前に十分すぎるほど味わってるさっ!」
薫は、噛みつくように吼え立てた。
誰のせいで、こんな不毛な戦いを強いられていると思ってるんだ! という怒りが、無意識に、感情のままに、口から出たのだろう。
だが、そんな荒ぶる言葉に、敵は満足の一端を見たのか、
「ならば良し。今ここで果てよ」
と、薫へ向け、深紅の閃光を放つのだった。
「――ねえさま。カオルお姉さま!」
「はっ!?」
千早の呼びかけにより、カオルは過去の思い出から今へと帰還を果たした。
「あ、ああ……すまない。ちょっとボーっとしてた」
「かおりん、変だよ? まだ疲れ取れ切ってないんじゃない?」
「いや、大丈夫だ。もうなんともない」
「いや、無理はよくない鬼首ヶ原。少し横になっていろ……あと、お前のホットケーキも私が面倒みてやるから心配するな」
「あ、アホ! だから何の問題も無いつってんだろ!」
慌てて、エリー特製のホットケーキ(追加分)を掻っ込むカオルに、
「まぁ、はしたないこと」
と、彩香の冷ややかなツッコミが入る。
「樋野本さんの言う通り! 下品ですよ、お姉さま」
「う~……誰も取らないか?」
「わるかった、さっきのは嘘だ。誰も取らないから落ち着いて食べろ」
カーリーの、笑顔交じりの謝罪が、カオルの食い意地を落ち着かせた。
「かおりん、もっと食べたかったら言ってね。また焼くから」
「そ、そうか。ありがとうエリー」
「まだ食べる気ですの? 鬼首ヶ原さん」
「食べ過ぎたら太っちゃうよ!? お姉さま」
心配交じりの呆れた口調が、カオルを諫める。
けれどカオルは、どこか神妙になって、こう返すのだった。
「俺の分だけじゃないさ。みんなの分も食ってやんなきゃ」
意味不明《なにいってんの?》、とばかりに首をかしげる千早達。
が、その言葉の意味を理解したのは、インギーだけだった。
最後まで目を通していただき、誠にありがとうございました!