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第八章 第八話 狙撃

「な、なんなんスかあいつッ! こんなに撃ってもぜんぜん効いてないみたいスよ!!」


 89式の小銃ライフルをしゃかりきに乱射しつつ、柳原一等陸士が叫んだ。

 それは、その場にいる橿原一等陸曹の、そして松本陸士長、花内二等陸士、当麻一等陸士、更には薫の、心に叫んだセリフでもある。

 しなやかそうな「アンノウン」の白い身体がその全てを弾き返し、傷一つ受け付けていない様子に、誰もがそう思う事だろう。


(だけど、コイツだってウイークポイントはあるはず。もしかすると、野郎の弱点コアも頭にあるんじゃないのか?)


 ふと、漠然とした憶測が、カオルの脳裏に浮かぶ。

 いや、その憶測はカオルが戦場で培って来た、戦闘における「直感」なのかもしれない。


(くたばれ、白いのッ!)


 そして、小銃の照準器を、未確認物体の頭部と思しき場所へと合わせ、引き金を引く。


 ――タンッ! 


 小気味良い発射音が鳴り響く。

 正確に、敵の頭部を捉えた――ハズだった弾道は、標的を見失い、空を切って何処かへ突き進むのみ。


 そう。

 薫の放ったライフルの弾丸は、「白い敵」によって、直前にかわされたのだ。


「野郎ッ!」


 思わず声が出る。

 今度はより正確に、標的の動きに狙いを合わせ、回避されようが執拗に追いかけ、撃つ! 撃つ! 撃つ!!


「何ッ!」


 が、しかし!

 敵が回避する都度、その狙いを頭部に合わせ、引き金を引いた。にもかかわらず、白い標的は、まるであざ笑うかのようにその場に立ち尽くしたまま、全ての弾丸を紙一重で避けるのだった。


「へッ。わざわざ大きく避けずとも、ってか? 上等だ!」


 薫の中に、焦りと恐怖と、そして灼熱に燃え上がる闘争心が、一体となって宿る。


「全員! 俺達の受け持ち地点である『けやき坂通り』まで後退だ」

「こ、後退スか!?」

「ああ。見たとこ、頭部への直撃には注意を払ってやがるようだ。そこで、例のマシンガンとグレネードでヤツの注意を引き、俺と松本の対物ライフルでの頭部狙撃で仕留める」

「それがいいな。いっちょ二人で仕留めますか、隊長」

「ああ! 神田と片岡隊の仇、取ってやろうぜ」

「お、俺は? 俺はどうすんスか!?」


 相方を失った観測員・柳原が、狼狽えつつ尋ねる。


「お前は橿原一曹について行け」

「わ、わかりましたッス!」

「了解。おらッ、そうと決まればとっとと逃げんぞ!」


 橿原一曹が、柳原の尻をパチンと叩く。


「いってぇなぁ一曹! けど今の気合注入で、俄然やる気が出たッス!」


 その「気合注入」が功を奏したのか、柳原は、脱兎の如く先頭を切って逃げ出すのだった。


「皆早く! 早く逃げるッス!」

「はは。何があってもアイツは絶対死なないな」


 その姿に、薫は安堵の籠った冗談を呟く。

 が、それは、ただの「冗談」でしかなく――ともすれば、死亡フラグめいた「予言」ではないのか? と、この後知らされる事となる。





 必死で逃げる五人の後を、ただゆっくりと追跡する「白い敵」。

 それはまるで、彼らをじわりじわりと死に向かって追い立てる狩人のようでもある。


「へん。俺達ぁヤツの獲物って訳かい? なら、窮鼠の恐ろしさってのを思い知らせてやる」


 余裕とも取れる空気を放つ追跡者のおかげで、薫の隊は思惑通り、三式初号を狙撃した「けやき坂通り」まで逃げ果せる事が出来た。


「皆、各自の持ち場に向け散開!」

了解ラジャー! 花内、ついてこい」

「はい!」

「行くぞ、柳原」

「了解ッス一曹! 隊長、良い仕事期待してますよ!」

「ああ、まかしとけ。ミサキ!」

「ええ、お供します」


 六人が、三方へと分かれ駆けて行く。

 幾度となく共に戦ってきた仲間との連携は、薫の脳裏に勝算という名の余裕を芽生えさせる。

 けれど、薫の心の内には、未だどこか釈然としないものがあるのだった。


「やけにすんなり来れたな。まるで……いや、ンな考えはよそう」


 ビルの屋上へと向かう階段の途中で一人ごちる薫の言葉は、傍らの当麻一等陸士にも届いていた。

 が、彼はその事について、何も返答はしなかった。

 それはきっと、薫への気遣いと、彼に対する微動だにしない信頼がそうさせたのだろう。


 しかしながらこの時。彼の進言が一言あれば、状況は変わっていたかもしれない。


 それは、薫が初期に感じた疑問を、再度一考する機会チャンスだったのだ。


『片岡は、三式初号をわざと自爆させたのかもしれない』


 その憶測を、目の前の白い敵を加味して考えた場合……冷静な状態の薫なら、おのずと答えが導き出された事だろう。



『片岡が命と引き換えに起こした三式初号の自爆でも、目の前の白い敵は倒せなかった』



 復讐と血気、そして過度な自信に逸る薫には、残念ながらそこ(・・)に至る思考は無いのだった。


「ふぅ、やっと屋上に辿り着いたぜ……どうだミサキ、敵の動きは?」

「目標、けやき坂通りの中央で我々を見失い、立ちすくんでいます」


 そっと屋上の物陰から双眼鏡を覗くミサキの言葉通り、白い敵は地面から少し浮いた状態で留まり、周囲を伺っている様子。


「狙撃班1、定位置到着。目標視認。送れ」

『狙撃班2、定位置到着。目標視認、いつでも行けます。以上』

『囮班、定位置到着。んじゃまぁ、おっぱじめようか』

「一曹、派手にお願いします!」

『まかせとけ、以上だ』


 無線機のプツリと切れる音と共に、また静寂が辺りを包む。

 途端、通りに面したビルの窓々から、白い目標体へと向け、マシンガンの銃口が一斉に火を噴いた!


 ――ドオンッ!


 更には、グレネードの爆ぜる爆音が周囲を駆け抜け、激しい振動を呼んだ。


「目標体、攻撃に怯んでいます」

「おう、今だ!」


 狙撃用のスコープに刻まれたレティクルを、白い目標体の頭部に合わせ、深呼吸。

 いつも通りの手順で、淡々と仕事をこなす。


 そして、目標と息を合わせ、トリガーを引く!


 ――ドンッ!


 一直線に伸びた弾丸の軌道は、間違いなく、敵の頭部へと突き進み、あと0,01秒もしないうちに「勝利」という結果が訪れる。



 ハズだった。



 ――パシッ。

 微かに聞こえた、小さな衝撃音。


「おい……教えてくれ、ミサキ。こいつは何の冗談だ?」 


 白い目標体の頭部数センチ手前。

 右手人差し指と親指の二本で、対物ライフルの弾丸を挟み、事無きを得る「敵」。


 ――ドンッ!


 直後、対面のビルの屋上から、松本陸士長が対物ライフルを発射!

 薫の攻撃に気を取られている様子の敵に対する、渾身の一撃は――


「パシッ」


 ものの見事に左掌で受け止められ、


「くしゃり」


 捻り潰された挙句、ポイと何事もなかったかのように投げ捨てられたのだった。


「……悪夢、ですよね? これ」


 当麻一等陸士がつぶやく。

 同時に、薫もミサキも――丸く赤い「目」のようなものが一つ付いているだけの、表情とは縁が無いと思われるそこ(・・)が、「ニヤリ」と笑ったような感覚に見舞われたのだった。


最後まで目を通していただき、誠にありがとうございました!

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