第八章 第六話 記憶残照(フラッシュ・バック)
カオルの脳内で、鮮明な記憶が蘇る。
それは、鬼首ヶ原薫がまだ二十歳の男性だった頃の「最悪の記憶」だ。
既に半壊し、街としての機能を失いつつある、東京都六本木。
「ご存知ですか? 三等陸曹。こないだ捕まえた悪魔獣、アレの調査が昨日から始まったらしいですよ」
廃墟と化したビルの屋上にて。
童顔の人懐っこい笑顔で、鬼首ヶ原薫三等陸曹に話しかける少年兵――当麻光咲一等陸士。
「部隊」とは名ばかりの、半ば愚連隊の寄せ集めと見紛う面々の小隊長を務める薫の下で、主に情報収集任務を得意とする少年である。
「へぇ。となると、ちょいとは俺達も戦い易くなるかもな」
口元に小さな笑みを浮かべ、遠距離狙撃用のスコープを覗き見るカオルのその先には、標的となる「敵」が居る。
日本襲来型・三式初号(1号ともいう)。
まるでクリスマスツリーのような外観に、細く長い手足が申し訳程度についており、空中を浮遊しつつ移動している。
全長約5メートルほどのその物体は、小集団で現れては、その身に飾られたカラフルな「爆弾球」を放ち、街々を破壊するという悪魔獣だ。
しかも、ある程度敵からの攻撃を受けると、自爆し、広範囲にわたる爆発を巻き起こす厄介な相手である。
その自爆攻撃を回避するためには、悪魔獣の弱点である「コア」を狙撃し動きを止めるという、一発勝負の作戦が有効的なのだ。
「三式初号の数は、情報通り六。もうすぐ囮班との交戦区域に達します」
双眼鏡を覗きつつ、狙撃手のサポートをこなす、当麻一等陸士。
薫とのコンビネーションは、中隊随一――いや、軍の中でも屈指と言われるほどである。
「こっちの狙撃手は三人。一人二体を仕留める……か。上手く行くかな?」
「大丈夫ですよ。きっと」
根拠の無い言葉に思える返答ではある。
が、当麻光咲一等陸士にとって、その答えは確信に満ちていた。
「三等陸曹が立案した作戦だし、なによりあなたが最前線で腕を振るうんですよ? 失敗しろって方が難しいです」
それは、鬼首ヶ原薫三等陸曹への絶対的な信頼が言わせる言葉なのだろう。
「はは。褒めたって何も出ないぜ? ミサキ」
「そんなハズはないでしょ? 昨日米嶋中隊長からチョコレートもらったじゃないですか」
「ぎくぅ! 何故それを……い、いやもう全部食べちゃって……」
「まだ食べてないのは知ってるんですよ。僕の情報将校並みのネットワークをなめないでください」
「わ、わかったよ。この戦いに勝ったら、半分やるから」
「わーい! 流石はカオルさんだ。うれしいです」
幾分幼いといった口調での会話。
だが、普段緊張の糸を張り続けている戦場では、こういった可愛げのある「うだ話」こそが、緊張緩和に役立つ事をミサキは知っていた。
「――っと。三等陸曹、会敵想定時刻です! 狙撃準備どうぞ」
「オーライ。じゃあ、予定通りドンケツの二体を仕留める」
ビル群の中をイルミネーションが美しく飾っていた、けやき坂通り。
既に中ほどからぼっきりと折れた東京タワーを望むこの通りを、隊列をなして進む、六体の悪魔獣。
その先頭を行く三式初号の少し手前に――96式40mm自動擲弾銃の放火がさく裂!
「ドォン!」という爆発音と衝撃が、周囲を駆け抜けた直後。
道路に面した左右の建物の窓々から、89式やM4カービンなどの小銃が、敵めがけて火を噴いた!
――バババババババッ!!
しかしながら、それらの攻撃は、時折悪魔獣の身体にめり込みはするものの、その多くは弾かれ、意味を成さない。
そう。これはあくまで敵に隙を作るための、挑発攻撃なのだ。
「交戦開始。悪魔獣、足止めを受けて応戦体制に入りました――今です!」
「任せなッ!」
――ドンッ!
薫が放った対物狙撃銃の弾道が、見事に最後尾の三式初号の頭部を貫通!
「もう一丁!」
次いで、最後尾から二番目の三式初号の頭部に、素早くレティクルを合わせ――引き金を引いた。
――ドンッ!
「ガスン!」という、二つ目の硬質的な炸裂音がした。
「目標二体、完全沈黙! やりましたね」
「ああ。他は!?」
そして、一呼吸遅れて、悪魔獣の頭部を射抜く破壊音。
それは、他の狙撃兵からの鉄槌……なのだが、
「カオルさん! 最前列の悪魔獣に着弾せず――一体しくじりました!」
「――クソ!」
薫の選んだ狙撃手は、万全の腕を誇っていた。
が、足止めのためのキューロク式グレネードの爆風が、最前列の三式初号に思わぬイレギュラーな振動を与え、標的の頭部を射抜き損じたのだ。
「三式初号一体、狙撃からの回避行動に移りました」
連続したトリッキーな動きで、狙いを付けさせない悪魔獣。
「野郎、ちょこまかと!」
その間に、敵は内部エネルギーを増大させ、自爆の準備に入っている様子。
今ここで爆発を起こせば、カオルの部隊は全滅を免れない。
「動くな、クソ悪魔獣!」
挑発的にも思える敵の回避運動が、カオルの苛立ちを誘う。
だが、そんな薫の傍らにいる相棒は、この事態の収拾方法を知っていた。
「カオルさん、落ち着いて。大丈夫、あなたならできますよ」
穏やかな口調での助言。
その、何の担保も無い無責任かつ小さな応援は、まるで効果絶大な魔法の言葉のように、薫の心から雑念を払拭する。
「ああ……俺ならできる」
単純な自己暗示にでも掛かったように、薫は自分に言い聞かせるように繰り返す。
息を整え、敵の動きを読み、心を空っぽにして――――――ドンッ!
「ズガンッ!」という勝利の音が鳴り響き、その瞬間、吼え立てていた機関銃の一斉掃射が鳴り止み、しんとした静寂を生んだ。
「狙撃班1より各自へ。鬼首ヶ原小隊、作戦終了。送れ」
『狙撃班2、了解。以上』
『狙撃班3、了解……ワリィ、ミスった。以上』
「気にするな。イレギュラーさ」
薫が、まるで独り言のように零す。
それは、軍人としての通信ではなく、私的な「慰めの言葉」に他ならなかった為である。
『囮班、了解。隊長、おつかれさん。以上』
「狙撃班1より各自、警戒しつつ作戦終了ポイントまで撤退。以上」
無線機を当麻一等陸士に手渡し、「ふぅ」と一息。
「さぁ、他の隊のとばっちりを受ける前に撤退しましょ」
「そうだな。逃げるとしよう」
そう。この小さな勝利は、カオル達の小隊での出来事。
他の小隊では、こう上手く行くケースがなかなかない様子。
その証拠のように――
「 ド オ ン ッ !! 」
空気を激しく振動させ、薫たちを襲う爆発音。
遅れて、粉砕されたコンクリート片や、炎に包まれた「何か」が飛来し、そこかしこで爆ぜる。
「クソ! あの区域は片岡の小隊。あのアホ、こんな雑魚に下手こきやがって」
自分達を基準に、他者の能力を蔑む発言。
その時の鬼首ヶ原薫は、自分達の常勝を約束されたアビリティーに、少々天狗になっていたのかもしれない。
最後まで目を通していただき、誠にありがとうございました!