第八章 第四話 メロ・アンジェリス
「鬼首ヶ原カオルとゆかいな仲間たち、ですか。鬼首ヶ原さん、センスなさすぎですわね」
あまりにもベタな「面白(?)ネーミング」に、彩香の冷めた視線がカオルへと突き刺さる。
けれど、千早は少し嬉しそうに返すのだった。
「私はそれでもいいけどな」
「おい、却下だ!」
カーリーの、少々食い気味での否定が飛ぶ。
「無論、冗談よ」
とは言うものの、千早が「まんざらでもないかなー?」という表情をしているように見えるのは、この場にいる四人の勘違いではないだろう。
「(本当は『鬼首ヶ原カオルとズッコケシスターズ』だったんだが)ま、まぁ冗談はさておきだ。各自、最低でも一つは『自分なり』のチーム名を考えていると思う。まずは一通り発表して、候補としようじゃないか」
おちゃらけた表情だったカオルが、それまでの空気を換えるが如く、皆と真摯に向き合う。
と同時に、トップバッターが開口。アイディアを元気に披露した。
「はいはーい! まずは私から。『五色戦姫』ってのはどうかな?」
そんな漢字で和風な名のエントリーは、以外にもエリーだった。
「これはまた純日本風だな。アメリカ人のエリーとは思えない、かっこいいネーミングセンスだ」
「うん、いいでしょかおりん」
「エリーはね、こう見えて幼いころからずっと日本で暮らしてきたんだよ?」
「へぇ。アメリカの富豪がなんでまた?」
「祖父母殿が、大の日本贔屓らしいですの。で、第一線を退かれてから、ずっとエリートを連れて、日本で暮らしているのだとか」
「ふぅん、なるほどね。だから小学校も日本で、お嬢とも交流があったのか」
「えへへ、そうなんだ」
カオルはあえて、それ以上の事を聞かなかった。
それはおそらく、本土で「死の商人の娘」として暮らす事が、彼女のため(周囲からの視線や、誘拐など)にならない。という、両親や祖父母の判断のためなのだろう。
「じゃあ、次は私ね。『マジカル・ファイブ・スターズ』なんてのはどうかしら?」
少し控えめな挙手と共に、千早が自分の考えたチーム名を披露する。
「お、以外にも普通……もとい、いい名前じゃないか」
「お姉さま。今普通とか言いませんでした?」
「あ、あはは。うんまぁ……私はまた、千早の事だから絶対『タイガース』って言葉を入れてくると思ったんだけどな」
「……あ、それいいかも。スターズのところをタイガースに変えようかな?」
「「却下で」」
カーリーとお嬢が、同時に否定意見を出す。
「じゃあ、せめてファイターズに――」
「野球から離れろって」
カオルのツッコミにより、ようやく千早の野球ネタへの炎は鎮火した。
「私は――神話少女隊だ」
次いで、カーリーが言葉少なに語る。
そこに幾分の照れが見え隠れしているのは、もはや仕方のない事だろう。
「牧坂さんは、インドの神話をモチーフにするのね」
「ああ……私自身は神などあまり信じないのだが、私の名のは、そんな『神』から頂戴している。もし神様の気前がよければ、加護だとかの類を分けてくれるかもしれない……私が生き延びたように」
一瞬で、ずーんと重い空気が場を支配する。
と、そんな空気を換えるかのように、エリーが口を開いた。
「あ、でもさカーリー。神様とか、特定の宗教はダメなんだよ?」
「名前を頂戴するだけだ。信仰ではない」
現に、カーリーの召喚獣・シヴァは、神話の破壊神から頂戴しているにもかかわらず、未だお咎めはない様子だ。
「ではわたくしも……バッド・エンジェルスなんていうのはどうかしら?」
「「「……ばっど?」」」
四人が声を揃えて尋ねる。
「ええ、そう。BAD・バッドですわ」
「あ、あっちゃん……なんで悪いなの?」
「あら、この面々に良い子はいないと思われますけれど」
「まぁ、そうかもな」
カオルの苦笑いに、皆の顔が引きつる。
何かと問題児ばかりが集まったこのチームには、えてしてこの名前が一番しっくりくるかもしれない。
「で、鬼首ヶ原さんの案は? まさか、さっきのが本命ではないでしょうね」
「あはは、もちろん」
「では、聞こうか」
カーリーが改めて彼女に問う。
そんな疑心を排除するかのように、カオルは胸を張って答えるのだった。
「私は、このチームの面々を……いつも音楽のイメージで見ているんだ」
「「「音楽?」」」
カオルの言葉に、皆が疑問符を浮かべた。
が、続けるカオルの言葉に、それぞれが、その頭の疑問符を払拭するのだった。
「千早。お前はフォルテシモ……『より強く』というこの音楽用語が、最も似合う」
「あ、ありがとう。お姉さま」
千早は、小さく頷いて照れ笑いを見せた。
「エリー、お前はアマービレ。意味は『愛らしい』だ」
「あ、ありがとう。かおりん……えへへ、面と向かって言われると照れちゃうな」
「そしてカーリー。お前はスピリトーゾ。『精神を込めて』という意味は、常に皆の精神的な支柱となるお前にもってこいだと思う」
「……」
少し顔を背け、カーリーは「フン」と鼻を鳴らす。
カオルには、そこに「気恥ずかしい」という意思がはっきりと見て取れた。
「最後に、お嬢。お前はグラツィオーソ」
「あらあら。優美に、という音楽用語ですか? 私なんかにはもったいないですこと」
彩香は、「クスッ」と笑って返事とする。
その意味を甘受するという事なのだろう。
「なら、さしずめ鬼首ヶ原さんは――リゾルート。『決然と』という言葉が似合いますわね」
「はは、リゾルートか……悪かねぇな」
照れより嬉しさが前面に出た微笑。
カオルの心に、何かの火が灯った感覚が去来するのだった。
「音楽か……いいよね、音楽」
千早が、うっとりとした表情で小さく零す。
そこには、「カオルが提案した」という事を差し引いても、彼女の乙女心に響く「何か」があったのだろう。
「えっと。そこで、命名だが……『メロディー』の『メロ』と、『天使』を足して――『メロ・アンジェリス』ってのはどうかな?」
「「「メロ・アンジェリス……」」」
皆が、その名を味わうように吟味する。
「いい……いいよ、かおりん! あたし、気に入っちゃった」
「いいかも! お姉さま」
「意外と、よろしいですわね」
「……まぁ」
四人の票が、一気にカオルの提案へと傾いた。
「そこで! それぞれの変身後の名前も、さっきの音楽用語に頭に『メロ』と付けてみてはどうかな? と思うんだ」
「メロ・フォルテシモ……か。なんか力がみなぎる感じ」
「メロ・アマービレ。あたしの名前」
「……メロ・スピリトーゾ」
「メロ・グラツィオーソ。なんだか御大層な名前ですわね」
「お嬢の言葉を借りると、私はメロ・リゾルートだな」
学園一年一組に、新たな名のチームが誕生した。
この、たいして意味をなさないような小さな誕生は、後に大きな成長を見せ、世界を救い、そして人々の希望の名として響き渡る事になる。
が、それは彼女達にとって、まだまだ先の話。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!
熊本の地震が心配です。
これ以上被害が大きくならない事を願うばかりです。