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第七章 第十話 鬼首ヶ原カオルをめぐる一日 10

 十分後。


「はーい、みんな席について~」


 担任である綾乃先生が、見るからに空元気といった具合で、教室へとやって来た。

 と、いうのも……彼女の健康状態の悪さを示す()()が、くっきりと姿を現していたのだ。


「綾乃せんせー、目の下にクマができてる」

「もしかして徹夜かな」

「だよね。きっとカオルお姉さまにつきっきりだったんだよ」


 誰かが交わしているヒソヒソ話。

 その原因たる推測は、おおよそ的中していた。


(今朝目覚めたら、俺は見知らぬ医療施設にいた。そして傍らには、いつもながら不愛想なインギーと、女神のような笑顔のアヤちゃんがいたんだよな)


 カオルがふと、ついさっきの記憶をトレスする。


(俺があんなハズい記憶の夢なんか見たのも、きっとそばにアヤちゃんがいたせいかもしれない)


 不意に、嬉しさに似た笑顔がこみ上げてくる。


「さぁさぁ、おしゃべりはそのくらいにして。朝の会(ホーム・ルーム)始めるわよ」


 綾乃先生が、手をパンパンと叩いて注目を誘う。

 その言葉に反応して、学級クラス委員の千早が「起立! 礼! 着席!」の掛け声を奏でた。


「それじゃあ、今日は――」


 皆、昨日の合同演習での出来事への、詳しい事情説明がなされるものだと思った。


 ――が、綾乃先生の話は、全くそれとは別のものであった。


「えー。来週の金曜日に控えた期末試験の事だけど……みんな、ちゃんと勉強してるー? これが終われば、晴れて冬休みよー」


 なんだか話をはぐらかしている。とも感じられる話題に、生徒一同は肩透かしを食らったように互いを見やり、首をかしげる。


「はい、先生!」


 そんなザワついた空気の中。千早の挙手が、綾乃先生の目に留まった。


「はい、赤坂さん」

「無論、来週に控えた期末試験も大事ですが……その……昨日の合同演習の件に関して、私たちに何の説明もないのでしょうか?」


 千早の言葉に、カオル以外のクラス全員が、「その通り」とばかりに頷く。

 そんな疑問視前回の生徒たちを前に、教壇に立つ彼女は、凛とした表情でこう返すのだった。


「すべての事象に、答えを求めて帰ってくると思わないこと」

「そ、それって情報統制って事ですか?」


 千早が驚きを以って訪ねた。が、先生からの答えはない。


「教師に緘口令ですか? 生徒の『知る権利』はどうなるのです」


 どうやら腹に据えかねたのか、樋野本綾香が些か声を荒げて尋ねる。


「仮にも、我等マギカは軍事組織です。上層部から緘口令が敷かれたら、それに従うのが決まり。あなた達も、組織の一員なのですから、それくらいは肝に銘じておきなさい」


 毅然と答える聖川教諭。

 だが、すぐさまニコニコ顔となって、


「と、言いたいところだけど! どーせ、どっかからすぐ漏れるだろうし。それに、どのみち皆にも正式発表があるだろうから、先に言っちゃうわね――そう、鬼首ヶ原さんの事なんだけど。あの、すっごい基本魔法攻撃を制御する方法が見つかってね、一晩かかってそれを彼女に施したの」

(ああ、いつものアヤちゃんだ)


 と、彼女のあっけらかんとした無責任さに、心の中でカオルは一安心。

 けれど、今度はその「自分に施された」という措置に関し、不安を抱くに至ったのだった。


「大丈夫よ、鬼首ヶ原さん。さっきは急いでたからちゃんと説明してなかったけど……あなたのあの魔法攻撃力を、(アルティメット)PASパーソナル・アタック・スキルとして制御出来る措置を行っただけなの。これでもう、『心配なっしんぐ』よ」


 そんなカオルの不安げな表情に、安心印のアヤちゃんスマイルが降り注ぐ。


「AーPAS……ですか?」


 一応の安心を得たところで、生徒全員を代表するかのように、カオルは綾乃先生へと尋ねた。


「そ。通常PASの、その上。究極の必殺技! ともいうべきののかしら?」


 ザワザワと、教室中が色めき立つ。


「せ、先生! それって、みんなにもいつか習得出来るんですか!?」

「う~ん。それはまだ未確定なの、郡山さん。なにせ、今回が初めてのケースでもあるし、鬼首ヶ原さんのバカでかい魔法エネルギーがあったればこその、A-PASなのね」

「はは。またぞろ、私は実験台か」


 カオルが首をすくめていう。


「ひどーい! お姉さまを実験台にするだなんて!」

「いいさ、音葉。モルモットはもう慣れっこだ」


 力なく笑うあきらめ顔のカオル。

 そんな彼女の表情を、綾乃先生は、悲しく、憐れんだ視線で見守るのだった。


「ん、何? アヤちゃん先生」

「あ、いえその……何でもないわよ? それより! ちゃんと綾乃先生って呼びなさい。鬼首ヶ原さん」

「はーい」

「『はい』は短く、声高に!」

「はいっ!」


 なんだかコント染みたやり取りに、クラスの緊張の糸がプツリと切れた。

 黄色い笑い声が、さっきまでの緊迫した空気を払拭し、明るい(一部例外あり)一年一組が戻ってきた。


「はい、先生! 質問があります」


 弛緩した空気に乗り、ここでエリーが、昨日からの疑問を先生へと投げかけてみる。


「なに、ヴァルゴさん」

「昨日、しろぶー……あ、もとい、悪魔獣『AO-15式1号』のデータベースを閲覧したんですが、攻撃方法に『自爆』の項目が無かったんですけど」


 一瞬、聖川教諭の瞳が揺らいだ。

 が、瞬時に平静を装い、


「あぁ、あれね。単なるミスらしいわ」


 いけしゃあしゃあと言ってのけたのだった。


「そうですか。めずらしいですね、書き洩らしミスだなんて」

「そりゃあ、プログラマーだって人間だもの。うっかりもあるでしょうね」


 そして、この件はこれ以降、一年一組の()()では、話題に上ることはなかった。





 実際の話。

 緘口令を敷かれていたのは、件の悪魔獣の事()()であった。

 が、ここはあえて鬼首ヶ原カオルの一件に情報統制が敷かれていると見せかけ、生徒たちの目線を反らした聖川教諭。

 それは、カオルの知らない、ここ数年で培ったアヤちゃんの「影」なる一面だった。


最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!

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