第七章 第七話 鬼首ヶ原カオルをめぐる一日 7
同日、二十時。
プログラム開発部社屋内・休憩室。
ペットボトル入り飲料や菓子パン、チョコレートなどの自動販売機が放つ、薄明かりの中。
五人掛けのテーブルに着席する、一人の女性の姿があった。
「ああ、いたいた。アヤ、さがしたよ」
それは聖川綾乃。誰も居ない休憩室に、電気も点けず、耳にはイヤフォンを装着し、ただ座って目を瞑っていたのだ。
「ん、何? 恋ちゃん、なにかあった?」
吉野恋の到来を気配で察知し、テーブルの上に置かれたCDプレーヤーを停止させる。
「いやいや、たいしたこっちゃないけどさ。コーヒーでもどうかな~って思って。もう飲んでる?」
「ううん。でも飲もうかなとは思ってた……恋ちゃんのおごりで」
「あはは、まぁ元よりそのつもりだったけど。って、まだ恵那は学園長のところ?」
「だね。被験者の経過資料の説明が長引きそうだって言ってたから、もうちょっとかかるんじゃない?」
「やっぱ私も同行したほうが良かったかな」
言いつつ、恋は自動販売機から冷たいコーヒーを二つ購入。
その一つを綾乃へと手渡した。
「さんきゅ~。ま、別にいいんじゃない? あんたは喋りが下手くそだから、恵那に任せたほうがいいよ」
悪気なく、感謝の言葉と辛辣な言葉を並べ、恋へと送る。
が、彼女も慣れたもの。さして気にするという事はなく、テーブルに置かれたCDケースへと視線を移し、
「またソレ聴いてんだ」
と、ふと気が付いた事柄に関心を移行させるのだった。
「あ、うん。今日みたいな日はね、特に聴きたくなるってモンでしょ?」
「学園長に頼んで、唯一復元してもらった私物、か。実装する前、試しにソレ聴いたんだけど……」
「どうだった?」
「あんまよくわなんない」
「でしょうね~」
二人して、ケラケラと笑う。
「私もさ、最初戸惑っちゃった。初めての誕生日プレゼントは嬉しかったんだけど……」
「まぁね。女子高生に送るプレゼントとしちゃあ、最悪の部類かもしれないよ」
思った事をずけずけと口にする吉野恋。
故に、相手からの言葉を気にするという思考は無いのかもしれない。
「『Guns N' Roses』のファーストアルバムだって。海外の、聞いた事の無いバンドのCD(日本版)って言われてもねぇ。最初『ガンズンローゼス』だと思ってた」
笑いながら、それでいてどこか懐かし気に綾乃は語る。
CDには、嬉しい思い出がたくさん詰まっているかのよう。
「なんでも、この頃のギターの人が、粗削りだけどいい音出してんだ! ってメッセージがはいってたの。でも、10代の女の子が聞くにはちょ~っとハードすぎるかな? 本当はセカオワとかゲス極が良かったんだけどね」
それでも綾乃は、嬉しそうに顔を綻ばせながら、CDケースを見つめるのだった。
「でもさ、今となっては……彼を感じる唯一の宝物となったんだよね」
「あーはいはい。ノロケはそこまでにしてくんない? あたしなんざ、男からのプレゼントはお父さんからしか貰った事ないんだから」
「えへへ、ごめんごめん。でもさ……」
「何?」
「その後も、幾度か手紙やらプレゼントやら送ってくれてたみたいなんだけど……」
「あー。あんたの誕生日の直後だったっけ? 私らがこっちに飛ばされたの」
「うん。高校に入ってすぐだったね」
綾乃が小さく頷く。
さっきまでのにこやかな表情は、一転にわかに曇りを見せるのだった。
「急に音信不通になっちゃったんだもん。確実に嫌われた、よね?」
「まぁ、かもね」
吉野恋は、思った事を口にする女性だ。
綾乃はそう思いつつ、少々の苛立ちをコーヒーと共に飲み込む。
「確かにね。バンドやってるし、結構カッコイイ男の子だったもん、女の子には不自由しなかったでしょうし」
「でもさ、二号体ちゃんってドーテーだったんでしょ? だから魔法少女になれたんだし……もしかしたら、アヤの事ずっと待っていたのかもね」
恋は、思いのままに言葉を繰り出す。
けれどそれは、綾乃に対しての立派なフォローとなっていた。
「そう、思いたいけど……どのみち、私と薫くんとの関係は、この先二度と復活できないから」
フォローにはなっていたが、同時に、悲しい結末しか生まない事実の確認にもなっていた。
「けど、新たな関係なら築けるじゃない?」
「新たな関係?」
「そう。教師と生徒の百合っ娘関係とか」
本当に、吉野恋は思った事をすぐ口にする。
同時刻。
プログラム開発部社屋内・特別プログラム実装室。
ベッド上に横たわり、プログラム的に一切の行動を凍結されて未だ深い眠りの中の鬼首ヶ原カオル。
そんな彼女は現在、夢を見ていた。
夢といっても、それは高校生の頃のほのかな思い出と、消してしまいたいハズカシイ記憶のリピートである。
特にカオルの心の中の「印象という名の石碑」に深く刻まれた出来事であり、それでいて、心がむず痒くなるほどの淡い自己陶酔かもしれない。
高校生になりたてすぐに、他校へと進学した聖川綾乃へ送った、誕生日プレゼント。
それが、自分の個人的趣味全開な見立てで送ったCDアルバムだった事に気付いたのは、送ったその後、友人に指摘された言葉によってだった。
『アホか薫。そんな古い、しかもハードロック喜ぶジョシコーセーいるか? んなモン、プレゼントとして送ったって、ソッコーゴミ箱直行だろ?』
当時、カオルは酷く落ち込み、すぐさま詫びの手紙を送った。
けれど、返事は――
『薫くんのプレゼント、最高にうれしかったよ! もし、また出会える時が来たら、私もサイコーなプレゼントをあげるね。それまで、まっててくれるかな?』
という、カオルにとって飛び上がるほど嬉しい内容だった。
それ以来、鬼首ヶ原薫は、より一層、他の女性を視界に入れる事無く(とはいっても、女性に無縁な環境にあったためではあるが)、アヤちゃん一本に想いをを貫こうと、心に決めるのだった。
たとえそれが、幾度となく手紙を送ったのに一切返事がなかったとしても。
「アヤちゃん……」
誰もいない、誰も見ていない、薄暗いプログラム実装室の中。
完全凍結されているにもかかわらず、笑顔で寝言を零すカオル。
それは、彼女の幸せな感情が起こした奇跡なのか。
それとも、まだ完全にバグが修正しきれていないためなのか。
休憩室でコーヒーを飲む綾乃や恋には、知る由もなかった。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!
薫はアヤちゃんから返事が無かった事を「苗字が変わったの知らせてなかったから」という理由で自己完結させています。
ちなみに、薫が通う高校は軍系の学校のため、パソコンやケータイのメールは禁止されているという設定です。
ちょっと無理あるかな。