第七章 第四話 鬼首ヶ原カオルをめぐる一日 4
同日、十四時二十五分。
教師用特別会議室。
この場所は、生徒が立ち入る事の出来ない空間に設置され、更に学園長より特別に許可を得た者しか入室を許されない。
テニスコートほどの大きさの室内には、U字型に机が並べられ、そこに学園すべての教師と、ここでは見ない女性の姿もちらほらあった。
そんな場で緊急的な会合が開かれたのは、勿論、先のデモ・マガバトルにおいての「事故」ともいえるべき出来事について。
それは、鬼首ヶ原カオルの基本攻撃魔法が、驚くべき威力を放った案件もさる事ながら――更なる重要な出来事についての質疑がなされていた。
「一体どうなっているのですか? この場にいる者全てに判るよう、説明をお願いします」
学園長の、激しい口調での責めが、見慣れない女性達に対して投げかけられた。
九人いる教師以外の女性の、そのうちの三人。白衣に身を包んだ、まさに科学者然とした女性達……彼女達は、特殊機関マギカの、プログラム的要素を一手に担う開発者チームの面々だ。
「えー、では開発部よりお答えします。仮想悪魔獣開発チームの見解ですが……今回の悪魔獣『AO-15式1号』の、実装されていないはずの攻撃方法は――やはり、ブラックボックスである核の開示が、軍部研究チームよりなされない以上、何とも言えないとしか申し上げられません」
その中の中心的人物である、吉野 恋開発部室長が、代表して答える。
「ただ今の件に関して、我々軍部研究チームからの回答ですが……ヴァ・ヘルの『彼等』からの特別指示であり、コアの情報開示は許可されておりません」
そんなマギカの開発チームの言葉を受け、軍服に身を包んだ三人の女性――その中の、防衛軍悪魔獣研究チーム代表・忍海 郁子一尉が答弁を返した。
「またそれだ。何かといえば、『彼等』の許可が下りないなどと……研究者なら、自力で解いて見せてくださいな」
「それができれば苦労はしません。ソレ自体、研究する事すらも『彼等』により禁止事項とされているのですから」
「我々開発はね、あなた達から提出された、解明もままならないそのままデータ化だけされた、謎だらけのコアを実装せざるを得ないのですよ? そんな物騒なモノを、我々の大事な生徒達に訓練素材として与える事は出来かねます」
「聞けば、今回は特殊な条件下にあったというではありませんか? なんでも生徒の中にバグ保持者がいたとか。結果、今回の責任の所在は、あなた方マギカの開発者の職務怠慢の結果にあるのではなくて?」
「責任追及のやり玉に挙げられるのは筋違いです。全責任は軍部の秘密主義にあるのではないですかね」
「ふざけないで! それを言うなら、全責任は『彼等』にあるんじゃない? なら、『彼等』をここに呼んで、審問会でも開きなさいな」
ヒートアップする、マギカ研究チームと防衛軍研究チーム。この二者の間は、かねがね悪いとされていた。
そこにきての、責任の所在の追求である。互いに擦り合う結果に終わるのは、毎度恒例行事のようなものだった。
「そんな押し問答を繰り返しても、らちが明かないわ。情報部のさわちゃん……あっと、これは失礼。広陵 佐和子特別情報官。今回の出来事について、問題点を簡潔に上げてもらえますか」
学園長の指示を受け、黒いスーツ姿の女性達の代表である広陵佐和子が、あらかじめ纏められてあるデータを読み上げるのだった。
「今回の大きな問題点は二つ。学園開発悪魔獣の最新ロットナンバーであるAO-15式1号が、何らかの事情により、実装されていない攻撃方法を発動させようとした事と、学園生徒でありプロジェクトTS――あっと、この呼称は、先生方にもう解禁されているのですか?」
一瞬、学園長をちらりと見る特別情報官。
と、その視線の意味に気付き、彼女「お京さん」は「うん」と一つ頷きを見せた。
「では。『プロジェクトTS被験者第二号体・鬼首ヶ原カオル』のバグ的な魔法攻撃力解放の二件。ですが……」
「なあに? 他にも何かあるのかしら」
学園長が心配そうな表情で尋ねる。
広陵佐和子特別情報官は、硬い面持ちで、今回の最も重要なポイントを語りだすのだった。
「問題は、実装されていない『自爆攻撃』の、威力です」
「威力?」
「ええ。自爆前のエネルギー蓄積量から算出するに、その破壊力は、核爆発に匹敵する程の威力と推測されます。戦闘用の空間での疑似的な爆発ですが、未実装の情報量の急速な肥大化により、かの空間がどんなダメージを受けるか、予測不能です」
そう言い述べた後。隣席する部下らしき女性から、新たなレポート用紙を受け、特別情報官は一瞬身を硬直させた。
「あー……もし、爆発を許していた場合の、新たな算出結果が出ました。模擬戦とはいえ、その爆発の中心付近にいた生徒達は、おそらくアバターを通して実体へ何らかのダメージを受けていた恐れがあります」
その発表に、一同が息を飲んだ。
「鬼首ヶ原カオルの放った基本魔法によるエネルギー砲で、爆発前に全て蒸発させてしまった故、確たる立証物件はありませんが……結果的に、彼女のバグ的攻撃力のおかげで、この惨事を回避できた、というのが現在の現状です」
「冗談じゃない! そんな物騒なモノと生徒達を戦わせるなど――」
「いえ。そんな物騒なモノと、彼女たちは今後戦うのですよ」
二年生主任教諭の言を、学園長が至って静かに収める。
その言葉の「真実」である重みに、誰もが反論できなかった。
「では……今回も何ら基本的解決策は見出せませんでしたが、対応策として以下の二点を提示します。一つ、学園オリジナルの悪魔獣ロットナンバーAO-15式1号は以降凍結」
「抹消ではないのですか?」
「そうです、凍結です。抹消すれば、生徒たちに妙な憶測を与えかねないですから。あと、生徒閲覧用のデータの書き換えもお願いね、吉野さん。攻撃方法に『自爆』を追加で」
「了解しました」
「そして、鬼首ヶ原カオルの意識が目覚め次第、バグ修繕のプログラムを――」
そんな学園長の提案に、待ったをかける声。
それは、カオルの担任である、聖川綾乃教諭だ。
「彼女のあの力を失うのは、今後の戦力の低下につながるのではないでしょうか?」
カオルの力の損失を憂う発言は、ある意味真っ当かもしれない。
が、個人に不安定ではあるものの「特別な力」を与える事は、由々しき事態になりかねないのである。
「何バカな事言ってるんだアヤ……じゃない、聖川先生。そんな危ない力を、一生徒に与えるだなんて……まさかとは思うが、妙な事を考えてはいないだろうな?」
彼女の古くからの友人である、一年二組担任の「凶皇」・住等木紀子教諭が諫めるように言う。
「妙な事とは何ですか?」
「お前の生徒が、特殊な力を持つんだ。その先は……言わせるなよ」
「バカ。ありえないわよ、そんなの」
「今はな。けれど、配下に一国の全戦闘力と同等の力を得る事になるんだぞ? その魅力に絶対打ち勝つ保証があるのか」
「たとえ私がそんな気を起こしたって、あの人が――!」
そう叫んだ聖川教諭が、その先を口籠る。
だが、語らずとも、彼女の想いは、この場にいる教師達全てには分かっていた。
「いやまぁ、代替案なら無い事もないんだけど……」
と、そんな重い空気を打ち消したのは、吉野恋開発部室長だった。
「「「代替案?」」」
教師達が口をそろえて尋ねた。
「ええ、代替案。けど、まだ認可が下りなくってね。ねぇ、学園長」
言いつつ、学園長をちらりと見る。
その視線に、お京さんは一瞬逃げをみせたものの、改めて吉野開発部室長へと向き直し
「……よろしいでしょう。吉野開発部室長、例の案件について許可します」
「はい、ご認可ありがとうございます!」
にこやか顔の敬礼にて、謝辞を述べる吉野恋。
そんな不明瞭な会話の説明を求めるべく、聖川教諭が皆の代表となって尋ねるのだった。
「吉野開発部室長、『例のもの』とはいったい……?」
「専用攻撃技《PAS》の究極系――アルティメット・パーソナル・アタック・スキルです!」
喜々として通常PASの、その上の攻撃形態の可能性を語る、吉野開発部室長。
学園長の、些か苦慮しているという表情を見るに……一同は一瞬で「ああ、問題点が大いにある秘密計画なのだな」と悟るのだった。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!