第七章 第二話 鬼首ヶ原カオルをめぐる一日 2
今回も千早視点でお送りいたします。
同日、十四時十分。
ホームルームもそこそこに、急遽、全生徒へ向けて学園長より下校命令が下された。
これにより、アカデミー内教師達の――いや、マギカ組織上層部の、鬼首ヶ原カオルを巡る混乱がどれほどのものか想像出来た。
「ちーちゃん、行っても無駄だよ。何も教えてもらえないよ、きっと」
「うん、私もそう思う」
「そうね。幾分情が無い言い方かもしれないけど、ここはエリーが正しいわ」
職員室へと向かう千早を、彼女のチームメイト達が引き止める。
「でも、綾乃先生に一つだけ確認したいの……」
「なにをなの? ちーちゃん」
「鬼首ヶ原カオルお姉さまが、今後どうなるか」
仮にも、この施設は軍事機関である。
そこで不具合から生じたとはいえ、未知の高エネルギー兵器の使い手が生まれたのだ。
千早の想像の翼は、そんな彼女の「軍事兵器」としての利用価値を見出した者達によって連れ去られてしまうのではないか? という、幾分妄想に近い想像を生んでいたのだった。
「あ、職員室の前……張り紙があるよ?」
ふと、エリーが何かに気付き、駆け寄る。
「えっと。『本日から明朝まで、生徒は教師との接触・連絡の一切を禁ず。』だって」
「えらく物々しいな」
更には、扉の向こうに教員達の存在感が一切無い。
「どうやら、先生方は非常召集を受けてどこかへ行かれたご様子ね」
彩香が溜息交じりで言う。
それは、無駄足だったという徒労感と、「流石は教師達、抜かりが無い」という無念が入り混じった溜息だ。
「残念。帰ろう」
カーリーに即され、皆が踵を返す。
そんな彼女達の来た道を、数人の生徒達がこちらへと向かってくるのが伺えた。
「ちょっと待ちーや舞華。合同演習の感想戦のレポート、今日中に提出戦とアカンのやで?」
「お時間は取らせません、会って話すだけです」
「それにや。職員室行ったゆーたって、あの子らおるかどうかわからへん――あ、おった」
聞き覚えのある関西弁と、清楚で凛々しい声――二年の高田魅紗と米嶋舞華の会話が聞こえる。
そう。やって来たのは、二年生選抜チームの面々だ。
「おーい、一年! 舞華が用事あんねんてー。ちょっと付き合ったって――」
その声が千早達へと届く間もなく、舞華は彼女へツカツカと足早に歩み寄る。
表情は幾分強張っており、やたらと緊張感を撒き散らしていた。
「赤坂さん」
「は、はい!」
――パンッ!
張り詰めた緊張の糸が途切れたような、そんな乾いた音が廊下を駆け巡った。
それは、米嶋舞華が赤坂千早へと見舞った、痛烈な平手打ちの音だ!
「私はあなたに言いましたよね!? 鬼首ヶ原さんの足を引っ張るな、と」
「……は、はい」
怯えと混乱が、千早の心を支配する。
「なのに……なのに! なんですか、この事態は!?」
「そ、それは……」
鬼気迫る舞華の表情に、流石にこれはヤバいと感じた魅紗が、慌てて止めに入った。
「ちょっと待ちぃや魅紗! 何もそこまで言わんかて――」
「いえ! この子の……赤坂さんの軽率な行動のせいで、学園の――世界の危機が訪れる可能性が生じたのよ!?」
「せ、世界の危機?」
「そう。鬼首ヶ原さんの戦闘センスは、おそらく学園一。そんな未来の希望を、あなたは軽率な行動で霧散させようとしたのですよ!?」
「――っ! わ、わたしは……」
その、自らが招いた結果に千早は極度の重責を感じ、膝から崩れ落ちそうになる。
「せやかて舞華、手ェはだしたらアカンよ!」
「……」
ぷい、とそっぽを向いて、魅紗の忠告を無視する素振り。
舞華は、まるで拗ねた子供のような、幼い面を曝け出す。
「こんな舞華は初めてだな。どうした? 今日はおかしいぞ」
「ッ!? ……そ、そうね。少し変かも」
鴻池由紀の心配そうな言葉に、ふと、舞華の表情が普段通りに戻った。
「とにかく――赤坂さん」
「……はい」
「あなたは一年生筆頭なのですよ、軽率な行動は控えてください。あなただって、未来を照らす輝きの一人なのですから」
「……申し訳ありません」
千早の、心からの謝辞を受け取った舞華は、ひとつ頷いてから、何も言わずに戻っていった。
「あ、ちょっと舞華! 一言ぐらいゴメンって言いーな」
「痛かった? ほんとゴメンね千早ちゃん。今日の舞華はなんか変でさ」
「いえ、秋津先輩……悪いのは私ですから。打たれて当然です」
打たれた頬を摩りながら、千早は答えた。
「じゃあ、我々も教室に戻ろう。邪魔したな、赤坂、みんな」
「「「お疲れ様です!」」」
由紀の掲げた右手での挨拶に、一年生チームが敬礼で返す。
その背中を見送りながら、千早は目に涙をうっすらと湛えながら、ポツリと零すのだった。
「そう。こんなだから……私は赤坂流も継げなかったんだわ」
その表情は、悔しさと自分の情けなさに溢れていた。
「ちーちゃん、だいじょうぶ?」
「うん……大丈夫、だよ」
エリーの言葉に、気丈に笑って見せる千早。
ただ唇を噛みしめ、流れ出ようとする涙を堪えていた。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!