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第四話 模擬魔法闘術訓練

 学園アカデミーの正門から、まっすぐに伸びるレンガ調の石畳の道。両サイドに桜の木が等間隔で並んで植えてあり、今は緑の葉が生い茂っている。

 空には既に星達がきらめいて、一際輝く月の存在を可憐に演出しているようだった。

 そんな時刻の、街灯に照らし出されたその道を、二つの人影が間隔を空けて歩いているのが伺える。


 「あ~、えらい目にあったぜチクショウ」


 ヒールの音を高らかに鳴らしつつ歩く綾乃先生と、足元をフラつかせつつ、彼女のあとを少し離れて歩くカオルだ。


(くっそ! 今間近でアヤちゃんの顔を見たら、また血の海で溺れちまいそうだぜ)


 さっき自分を鼻血の海に沈ませた破壊力を持つ「幼馴染の女性の百合妄想」再発にに恐れを成し、距離を置いての随伴だった。


「ところで先生、今からどこへ向かうんです?」


 カオルが数歩先を歩く綾乃先生へと尋ねる。その問いに、振り向き笑顔を見せつつ彼女は答えた。


「今日はもう遅いでしょ? だからもう寮へ帰るのよ。ホラ、あそこにみえる白い壁と青い屋根の大きなマンション群があるでしょ? あそこがここの全生徒と教師が寝泊りする宿泊施設なの。結構すごいでしょ?」

「ホントだ。またでっかいのがたくさん建ってますね……」


 カオルは少し驚いた表情で、それを見つめながらため息をついた。


「ハァ……なんだよ、この俺達の高校時代とは比較にならねぇ程の高級感は……つか、現実世界いまがどんな事態か忘れてしまいそうだぜ」

「ん? 何か言ったかしら?」

「あ、いえ……何も」


 カオルが笑ってごまかす。けれど、表情には幾分感情のカケラが残っていたようで、


「このご時勢にリッチすぎる生活は、現実とのギャップに良くない歪みがが生じる可能性もあるでしょう。でもね、どんなに高級なマンションが与えられても、中学生と言う年頃の子達にしてみれば、肉親との生活の方がいいに決まっているわ――この高級感は、せめて子供達の気を紛らわせる、一種の演出みたいなものなのよ……」


 カオルから漂う空気感を察して、一人呟くように語る綾乃先生。が、ふと我に返って、


「や、ヤダッ! 私ったら、生徒であるあなたに何言ってんのかしら!? ご、ごめんなさいね、今の事は忘れてちょうだい」


 照れと恥ずかしさを交えた慌てぶりで、カオルへと弁明する。


「あ、ああ……いいですよ、別に」

「何でそんな事言っちゃったんだろ……そう、なんだか鬼首ヶ原さんってね……大人っぽいイメージがあるみたいで――私の知り合いの、幼馴染だった人を思い出させるのよね……」


 ――ドキッ。カオルの心臓が、一つ大きく叫ぶ。一瞬、「それは俺だ」と言ってしまおうかと思案する。けれど……


「カオル、このプロジェクトは極秘事項ですので、くれぐれも……」


 小さな声でインギーが念を押してきた。


「あ、ああ……わかってるさ。大体、この状態でソレ言ってどうなるよ?」


 カオルも小声で返す。だが言葉の端には、残念そうな印象を垣間見せていた。


「ホラ鬼首ヶ原さん、寮の正門奥の中庭に……見えるでしょ? もう既にいっぱいの生徒が集まって、あなたを出迎えているわ」

「本当だ……へぇ、もう新入生が来るって情報は知れ渡ってるんですね?」

「ま、まぁ、ね……学園長の計らいなの」


 何か含みを持った言い方で答える綾乃先生。そして正面を向きなおし、木の蔓をイメージさせるエレガントな鉄製の門扉の向こうへと、軽く手を振った。

 すると、カオルの歓迎のために集まった生徒達がそれに答えて、満面の笑顔で手を振り返す。


「「「ようこそ、アカデミーへ!」」」


 ベージュ系の落ち着いた色合いのタイルが敷き詰められた中庭で、少女達は声を揃え、一斉にカオルへと向けて、溌剌とした挨拶を送るのだった。


「へぇ。結構な歓迎振りだねこりゃ……ババァも粋な事してくれるぜ」


 自然にこみ上げてくる笑みを噛み潰しつつ、カオルは至ってクールに振舞おうとする。と、そんな彼女へ、


「あ、鬼首ヶ原さん。言い忘れてた事があったわ!」

「え、なんです?」


 綾乃先生が何かを思い出し、告げる。


「実はね、この世界にはAS(アカデミーシルバー)って言うポイントがあってね」

「ポイント、ですか?」

「そう。それは毎月各人に5000ポイントづつ支給されるの。これを使用して、街に出て買い物をしたり、ネットで欲しいものを注文したりできるシステムなのね」

「つまりは……お金ですか?」

「そうね、そう考えてもらって差し支えないわ。で、今この時点で、あなたは既に5000のASPアカデミーシルバー・ポイントを受領しているのよ」

「そうなんですか? それはどこに……?」

「はい。それは私が管理して、いつでも好きな時に受領や支払いを行えます」


 そう言うと、横を飛ぶインギーがカオルの目の前に、「ASP:5000」という表示を空中に浮かび上がらせた。


「なるほどね、コイツは便利だ。スリに合わなくてすむよ」

「勿論、使用する度に残高が減っていきます。ゼロになると、つまりは無一文って事になりますよ……計画性を持って使用してくださいね?」

「ふん、えらく口やかましい財布だな。で、受領って事は――足りなくなってきたら、バイトか何かで増やせるって事か?」


 カオルの問いに、前を歩いていた綾乃先生が立ち止まって答える。


「コホン、それを今から説明します。このASPを増やす方法は二種類……課題指令タスク・ミッションと呼ばれる模擬戦をクリアすると、報酬としてもらえる事ができます。が、それは順位によっても報酬は変わってくるし、何より一人ではクリアできないものが多いの。そしてもう一つの受領方法なんだけど――」


 綾乃先生が、些か言い難そうに苦笑いを浮かべ……


「教師立会いのもとに行われる、『生徒同士の模擬魔法闘術訓練デモ・マガバトル』に勝利すると、負けた方から上限1000ASPを受け取る事ができるのよ」

「はぁ……ん、待てよ……えっと、それってもしかして――」


「「「よくきてくれました、良いカモ(グッドピジョン)のルーキーさん!」」」


 カオルを出迎えるために待っていた生徒達が、声を揃えてそう言い、「ニヤリ」と笑う。

 途端、少女達の目付きがお金のマークへと変貌し、辺りを包んでいたキャピキャピとした空気が一転、闇色の不穏なオーラへと変わったのだった!


「これも魔法戦闘習得の意欲向上を図るため、学園長自らが考案した、ルールに乗っ取った戦いなのよ」

「いや……でも俺……あ、いや私はその――まだ魔法の魔の字も学んでいない訳だし――」

「うん、そこはそれ……新人さんへの洗礼と言うか……最初にイタイ目にあわせろって、学園長が……」

「で、生徒に新入りが来るのをリークしたって事か……やってくれるぜ、あのクソババァ!」


 怒り心頭となって、今にも学園に戻り、学園長室へと乗り込もうとするカオル。が、そんな彼女に、


「待って、鬼首ヶ原さん! わ、私もね……実を言うと、あなたの潜在能力を知りたいかな? って言うか、どこまでやれるのか見てみたいなーなんて思っちゃったりしてるんだけど……どうかしらね?」


 指を伸ばした状態で組み、小首をかしげて懇願する仕草。それはカオルにとって、最大の弱点ともいえる場所への攻撃――中学生の時に幾度となく見せた、「アヤちゃんのお・ね・が・い」だ。


「えぇ! な、なんでですか?」

「学園長曰く、あなたは特別待遇の生徒だって聞いてるわ。もしそれが本当なら――教師としてより、個人的に興味があるの。それにね……何事も言葉で学ぶより、実践で学んだ方が良いと言う事もあるし……」


 真っ直ぐに向けられた真摯な瞳。そして「実践で学んだ方が良い」と言う言葉に、カオルの何かが奮起した!


「う、うぐぐ……身体で学べって事ですか……わ、わかりましたよっ! やればいいんでしょ!?」


 意を決してそう叫ぶと、カオルは学園へと向かう足を返し、手薬煉引いて待つ飢えた子猫ちゃん達へと対峙したのだった。


「ちくしょう、最初はどいつだ!」


 ニヤニヤと笑う少女達へと向け、カオルが吼えた!


「ハ~イ! 一番は私ね。もう既に順番は決めてあるんだ。ケンカにならないようにね」


 元気よく手を上げて答える、ポニーテールも愛らしい活発そうな少女。子猫のような大きく、少しつり上がり気味な瞳が印象的だ。


「ちょっと待って! みんな」


 突然、綾乃先生が叫ぶ。


「今日の彼女――鬼首ヶ原さんへの模擬戦申し込みは、四試合までよ! いい?」

「ええ~、そんなぁ~!」

「ずっこいー!」

「ぶーぶーっ! そんなのないよ~!」


 一斉に残念そうな声が上がる。恐らくは、五番目以降の順番に回された者達のブーイングだろう。


「仕方ないでしょ? 彼女は今日が初めてで、魔法もまだ使った事がないんだから……せめて1000ASPくらいは残してあげないと可愛そうでしょ?」

「そ、それはこっちが四連敗する事前提ですか……つーか、そんならこの戦い自体止めてくださいよ!」


 もちろん、カオルの提案は無視と言う形で却下された。


「とにかく! 双方ともに準備はいいかしら?」

「はーい!」

「あ、ああ……」

「では、名乗り上げの後に開始します。双方、所属と姓名を!」


 綾乃先生の指示と共に、カオルへと対峙するポニーテール少女がにこやかに名を告げる。


「一年一組、郡山音葉こおりやまおとは!」

「あ、え~と……一年……? 鬼首ヶ原薫」


「 フィールドは中庭限定―― デ モ ・ マ ガ バ ト ル 、 開 始 ! 」

 

 立会い教諭の号令一過、中庭全体を一種の閉鎖空間が包み込む。


「フェリーにゃッ! 召喚、スワニーソード!」

「了解だにゃー」


 郡山音葉が叫ぶ。と、彼女の肩辺りを飛んでいた、羽の生えた小猫の目が光った!

 途端――彼女の手に、白鳥の翼をイメージさせる一本の見事な両手剣が、光の結晶を撒き散らしながら現れたのだった。


「ごめんね、新人さん。あなたに恨みはないけれど……今、欲しいスカートがあってさ、あと1000ASP足りないんだよね」


 ペロッと舌を出し、愛嬌のある笑顔を見せる郡山音葉。


「フン。なら、そこいらへんにいるエロ親父に身体でも売れよ」


 その言葉を受け、カオルが挑発で返した。


「良い度胸ね。余計な事を言ってる暇があるなら――早くあなたの得物を召喚なさいッ!」


 ダッシュで詰め寄る郡山音葉。その瞬発力たるや、


「は、早ぇっ!」


 戦い慣れしているカオルが気後れするほどの、超高速の疾駆! そしてその一瞬の遅れが、


「――うわっ!」


「ヴンッ」と、空間をも切り裂くほどの勢いで横一線に刃が走り、見事カオルの身体を捕らえたのだった!



最期まで目を通していただき、まことにありがとうございました!

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