第七章 第一話 鬼首ヶ原カオルをめぐる一日 1
今回は三人称千早視点でお送りいたします。
混乱するかもしれませんが、どうかご了承くださいませ。
仮想現実世界内での、十二月十五日。
午後一時四十三分。
模擬魔法闘術訓練エリア内。
「どうやら助かったようだな……千早」
「え!? え、ええ……助かった、みたいね」
千早は、まるで他人事のように、自らの置かれた立場を口にする。
いや、千早にとって、それは他人事に等しかった。
とてつもない破壊力の基本攻撃魔法を放つ、チームメイト。
目の前で、一瞬にして自爆寸前の悪魔獣を蒸発させたソレは、彼女の常識の範疇外の代物だ。
まるで絵空事を具現化した……早い話、夢でも見ているかのような心境だった。
そんな彼女が、小さな、それでいて心地よい「くるしさ」によって、ふと我へ帰る。
それは、鬼首ヶ原カオルの力強い腕による、千早の身体を守らんと抱きすくめる圧迫感だ。
きゅう、と締め付けるようなぬくもりと、間近に聞こえる、カオルの吐息。
興奮状態にあるのか、そのスピードは少し荒く、密着した身体からは、同じビートの鼓動が心臓により刻まれているのがわかる。
(なんだろう? このドキドキ。まるで好きな人に抱きしめられているかのような感覚だよ。相手は同じ女性なのに……でも、このままずっと、こうされていたいと思うのはなんで?)
無意識に千早の心が零した疑問と、相反する矛盾した要求。
自分自身でそれが「恋」のよなものなのだと、千早は気付いている。
けれど、それは常識に反する行為だし、自身、そんな趣味は無い……ハズだった。
(私は……鬼首ヶ原カオル……おねえさまに、恋をしている……の?)
いやいや、そんなことは断じて無いはず。と、言い聞かせるように頭を振る。
が、千早の「こころ」は、次の瞬間に起こった出来事に、正直な反応を見せるのだった。
「とにかく……助かって……よかっ……」
「ちょっ!? 鬼首ヶ原さん……鬼首ヶ原さ――お姉さま!?」
不意に、全身の力が抜けたように、千早へとしなだれるカオル、
咄嗟に身体を支えつつ、彼女の名を叫ぶ千早。
だが、全くの無反応のカオルに、思わず気持ちが前面に出る。
「おねえさま! カオルお姉様! やだ、どうしよう……気をしっかりっ! おねえさまってば」
そんな折のこと、
「ちーちゃん! かおりん!」
エリーの、二人を心配そうに呼ぶ声が聞こえた。
「エリー、大変なの! お姉さ……鬼首ヶ原さんが気を失っちゃって」
「え!? そ、それって、かおりんがチュートリアルを受けた日みたいな……?」
「わ、わかんない。でも、なんかそれっぽい。どうなんだろう?」
思いついた言葉が、冷静さを欠如した脳から順次口へと送られる。
それほどのパニックが、千早を襲っていた。
そんな混乱の最中。
聖川綾乃教諭の、冷静かつ 緊張を含んだ声が、各自の使い魔から流れたのだった。
『緊急連絡。一年一組デモ・マガバトルは強制終了。全員、体育館へと送還します』
直後、周囲の景色は一変。
開始前に集合していた一年一組専用体育館へと、瞬時に切り替わった。
「カオルお姉さま!」
真っ先に聞こえたのは、郡山音葉の悲痛な叫びだ。
突然鳴り響いた爆裂音と、エネルギーの衝撃波。そして、千早のチームでのやり取りを、使い魔を通して聞いていたため、カオルの危機はクラス全員の知るところとなっていた。
「音葉……みんな」
どうしていいのか分からない、と言う不安な表情のまま、千早はカオルを抱き抱える。
ほどなくして、聖川教諭が教師用モバイルを片手に現れ、お落ち着いた口調で言うのだった。
「これから鬼首ヶ原さんは、中央の医療機関へと搬送されます。しばらくは面会謝絶になると思われるから、皆、そのつもりで」
「先生! 鬼首ヶ原さんはそんなにひどいのですか!?」
千早の、懇願にも似た質問に、聖川教諭は優しく答えるのだった。
「大丈夫よ、赤坂さん。ただ、今回の件は中央にも情報を送っていたから、学園内だけで対処するという訳には行かないの。そのための措置よ」
「じゃ、じゃあ……最悪の事態には……?」
「大丈夫、ならないわ」
「よ、よかった……」
今にも泣き出しそうな表情で、抱き支えるカオルを見る千早。
そんな彼女から、突然ふいっ。と、鬼首ヶ原カオルの「重さ」が消えうせた。
「あ、あれ!?」
「今、鬼首ヶ原さんを、中央の医療機関へと搬送したわ。さぁ、みんな整列! これより一年一組の教室へと戻ります」
「先生! 合同演習はどうなるんですか?」
チーム・ブレイブフラワーのリーダーである桜井保奈美が、今後の展開を尋ねる。
「うん。鬼首ヶ原さんのあんなすごい魔法力を目の当たりにしちゃったでしょ? 混乱を避けるため、一年一組のデモ・マガバトルは急遽中止……没収試合になっちゃったの。合同演習自体も、無期限延期なのね」
「そんなぁ……かおりん、あんなに頑張ったのに」
「悲しい顔しないで、ヴァルゴさん。鬼首ヶ原さんの容態が回復したら、また改めて挑めばいいだけよ」
エリーの失意を、綾乃先生は優しい笑顔と小さなウインクでフォローする。
「さぁ、みんな! その辺を含めて学級会を開くから、迅速に教室へと戻る。いい?」
「「「はい!」」」
皆の、溌剌とした返答の中。
心配を隠せない五人の、力ない返事がくすぶっていた。
最後まで目を通して頂き、まことにありがとうございました!