第六章 第十四話 抱擁
『シヴァのファイアー・ボールが効かない!?』
インギーを通し、カーリーの驚きが伝わってくる。
敵は、己の肉体の右碗部を液状化させ、シヴァの放ったファイアー・ボールを包み――氷結させてしまったのだ!
「みんな聞いて! 敵・目標体の解析完了だよ」
エリーが一際語気を強め、興奮染みて叫ぶ。
「敵・目標体――以降、『しろぶー』と呼称。は、自らの肉体を液状化させて、攻撃・防御に利用するタイプみたい。これはごく最近、日本でも確認された十一式シリーズと酷似しているの」
「十一式? ああ、噂で聞いた事がある。3種類のタイプが近畿地方に現れて、それぞれ違った攻撃方法を使い、かなり手を焼いたとか」
傍らで、ディープ・パープルの遠距離スコープを覗き込むカオルの記憶に、そんな敵の印象が蘇る。
「弱点は頭部中央にあるコアだよ。かおりん、狙撃準備して」
「オーケィ」
「それと、今からみんなに十一式シリーズのデータを送るね。参考にして」
そんなエリーの言葉と同時に、インギーのつぶらな瞳から、十一式という敵のデータが投影された。
「なになに……中型悪魔獣・十一式1号から3号は、その肉体をさまざまな液体と化し、攻撃・防御に用いる。1号は可燃性の液体、2号は冷凍液体、3号は粘着性の液体……か。コイツはシヴァの火球を氷結して封じ込めたところを見るに、冷凍系の液体――2号タイプか?」
しかしながら。
そんなカオルの予想は、この後、敵の放った一手により、そんな甘いモノではないと考えを改めさせるのだった。
『頭部にコアか。なら、接近してシヴァの爪で!』
血気に駆られるカーリーが、シヴァと供に急降下。
ドラゴンの強襲に危険を感じたのか、しろぶーはシヴァへ向けて二度、三度と、左右の腕から液体を射出。
だが、そこはシヴァとカーリーのコンビだ。軽やかな空中回避でそれらの全てをやり過ごした。
――かに見えた!
『食らえ! シヴァの大爪――』
鋭い鉤爪が、敵をロックオンした矢先の事!
ダメ押しとばかりのしろぶーからの一発が、シヴァ目掛けて放たれる。
『何度撃ってきても同じ――なにッ!?』
その液体は、急激に拡散し、シヴァを襲う。
咄嗟の回避も、拡散範囲の広いソレは、シヴァの左翼へと着弾をみせたのだった!
「グオオオンッ!」
竜の羽に付着した液体は、途轍もない粘り気を見せ、シヴァの左翼の自由を奪う。
『うわっ!』
墜落するシヴァと共に、カーリーの悲鳴が聞こえた。
「――の野郎! 十一式の1から3号までの特徴を有してやがるのか!?」
そう。学園オリジナルの個体は、複合体が多い。
これは、「今後起こりうる悪魔獣出現に備えた演習の一環」として、学園長自らが考案した性能である。
それ故に、一体でのポイントは高いのだが、リスクは推して知るべしであろう。
「大丈夫か? カーリー」
『ああ、大丈夫。心配ない』
「そうか、よかった。だが無理はするな、お前はそこにいろ」
『了解。皆、すまない』
「千早! 敵の気を引き付けてくれ。お嬢はカーリーの援護だ」
『了解! まかせて』
『ええ、もう向かってますわ』
「デブチンめ。今そのクソッタレな頭に風穴を開けてやる!」
カオルは再度スコープを覗き込み、ターゲットを補足する。
そこには、千早の光速の動きに惑わされ、振り回されているしろぶーの姿があった。
『流石にメタボだけあって、俊敏な動きは追えないようね』
「だけどちーちゃん、気をつけて! 相手はネバネバ攻撃でちーちゃんの動きを封じるはずだよ」
『ええ、分かってる。でも、それにわざと捕まるって手もあるはずよ?』
「えっ!? な、なんで」
エリーの疑問に、千早からの答えは無かった。
その理由は――
『くっ! 早速ネバネバを放ってきた……うわっ! 本当に超ネバネバする。蜘蛛の巣に掛かった蝶の気分だわ』
「ちーちゃん、避けて!」
エリーの、千早を心配するあまりの悲痛な叫びが響く。
けれど悪魔獣は、そんな声などお構い無しに、罠に掛かった真紅の蝶々を食らわんとする蜘蛛のように、ゆっくりと千早に向け、右腕を伸ばすのだった。
――だが!
カオルには分かっていた。
それは、狙撃に対する最大のチャンスである事を。
『今よ、鬼首ヶ原さん!』
「オーライ! 一撃必殺!」
―――― ド ゥ ン ッ !!
通常よりも大きな、ディープパープルの発射音が鳴り響く。
それは、カオルが怒りに任せ、多量の魔法エネルギーを一発の魔法弾丸へと込めた事に他ならない。
そして紫の軌道は、一直線に伸び、ターゲットの頭部を
―――― ズ ン ッ !
見事に捕らえたのだった!
「グオオオオンッ!!」
悪魔獣の悲鳴が、周囲を駆け巡る。
途端、膝から崩れ落ち、千早の目の前で「ズズンッ!」という轟音と土煙を上げる悪魔獣。
「やった! かおりんナイショッ!」
『やったわね、鬼首ヶ原さん! 流石はみんなからお姉さまと呼ばれるだけの事はあるわね』
「ははん。まぁ、チームリーダーさんの、見事な陽動があればこそ。だな」
笑って、得物を収納するカオル。
そして一刻も早く、トリモチ攻撃に引っかかった影の功労者を救出すべく、千早の下へと駆け寄るのだった。
しかしながら……
仲間に、少なからず被害を与えた敵への怒りが、カオルから冷静さを奪っていた事は、この時インギーですら気付けないでいた。
敵・目標物の、完全沈黙の確認。
それを失念し、怠ったが故の――危険!
『たいへん! 悪魔獣に高エネルギー反応がッ!!』
「なに!?」
インギー越しに聞こえた、後方にいるエリーの慌てた声。
改めて、目標体の亡骸を確認するカオル。
それは、次第に赤色を帯び、膨張しているように見えた。
『しろぶーは、自らを可燃性の液体へと変化させたみたい! あと数秒で臨界点へと到達するよ』
「野郎、死後は自爆するって腹かッ!」
怒りに任せた言葉か、カオルの口を突く。
ショートレンジ・アタッカーのダッシュには後れを取るものの、精一杯の高速移動で、千早の元へとたどり着いた。
「千早ッ!」
「鬼首ヶ原さん……いいわ、あなたは逃げて」
「バカヤロウ! お前を見捨てて逃げられっかよ!!」
「でも、これは演習であって、実際の死ではない――」
「演習だろうがリアルだろうがっ! 目の前の仲間を見捨てる事なんて、俺にはできねぇんだよ!」
そんな叫びと共に、カオルは軽やかなジャンプ。
千早が虜となっている場所に、スタリと舞い降り――
「……あ」
そして、カオルもべとべとネバネバの餌食に。
「なにやってんのよバカ!」
「あ、あはは。つい、怒りに身を任せてしまって……」
「まぁ、いいわ。こんな意地悪いトラップ、誰も見抜けないでしょうから、言い訳くらい出来るでしょ」
「あきらめんな! 退場者が出れば、ポイントが減る。このクラスで、初の学年一位を取りたいんだろ?」
「そ、それは……だけど」
『大爆発予想時間まで、あと10秒!』
『まったく。なにをしているの? 今助けにいきますわ』
「いや、お嬢。もう間に合わない。イチかバチか、やってみる」
『やるって、なにをですの?』
「へへ、まぁ見てな。インギー! 基本魔法攻撃、出力最大だ」
「え!? そ、そんなことするとカオル、あなたの調整不備がバレ――」
「かまわねぇ。千早、俺にしっかり捕まってろ」
「え? ええ」
「ほんじゃ、一発激しいのをぶっ放すぜ!!」
カオルは、右腕を融解し始めているしろぶーへと向けつつ、左腕で千早を抱きすくめ、己の身体で襲い来る衝撃から彼女を守る。
「 消 え う せ ろ !! 」
―――――――― ド オ ン ッ ! !
周囲の何もかもをかき消す、一筋の野太い閃光。
そのエネルギー塊は、大爆発寸前の悪魔獣を、一瞬のうちに蒸発・消滅させてしまった!
激しいまでのエネルギー波を受けて、その場に居た魔法少女の髪の毛と衣装の裾が乱舞する。
そんな中。
固く抱き合う二人の少女。
カオルと、千早。
その表情は、「どうだ!」と言わんばかりの凄みと、「やっちまった」という後悔の念。
そして、怯えながらも……今まで感じた事のない、形容しがたい「何か」が、鼓動を高め、頬を紅潮させている。
二人は、消えゆく魔法エネルギーの残照を見つめつつ、互いの身体の温かさを、いつまでも感じていた。
静まり返る、二年生達。
圧倒的なカオルの魔法力を目の当たりにした少女達に、言葉は紡げなかった。
そんな空気の中。
米嶋舞華が座る席の辺りから「ボキリッ」という、シャープペンシルのへし折れる音が響いたという。
最後まで目を通して頂き、まことにありがとうございました!