表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/111

第六章 第十四話 抱擁

『シヴァのファイアー・ボールが効かない!?』


 インギーを通し、カーリーの驚きが伝わってくる。

 敵は、己の肉体の右碗部を液状化させ、シヴァの放ったファイアー・ボールを包み――氷結させてしまったのだ! 


「みんな聞いて! 敵・目標体の解析完了だよ」


 エリーが一際語気を強め、興奮染みて叫ぶ。


「敵・目標体――以降、『しろぶー』と呼称。は、自らの肉体を液状化させて、攻撃・防御に利用するタイプみたい。これはごく最近、日本でも確認された十一式シリーズと酷似しているの」

「十一式? ああ、噂で聞いた事がある。3種類のタイプが近畿地方に現れて、それぞれ違った攻撃方法を使い、かなり手を焼いたとか」


 傍らで、ディープ・パープルの遠距離スコープを覗き込むカオルの記憶に、そんな敵の印象が蘇る。


「弱点は頭部中央にあるコアだよ。かおりん、狙撃準備して」

「オーケィ」

「それと、今からみんなに十一式シリーズのデータを送るね。参考にして」


 そんなエリーの言葉と同時に、インギーのつぶらな瞳から、十一式という敵のデータが投影された。


「なになに……中型悪魔獣・十一式1号から3号は、その肉体をさまざまな液体と化し、攻撃・防御に用いる。1号は可燃性の液体、2号は冷凍液体、3号は粘着性の液体……か。コイツはシヴァの火球を氷結して封じ込めたところを見るに、冷凍系の液体――2号タイプか?」


 しかしながら。

 そんなカオルの予想は、この後、しろぶーの放った一手により、そんな甘いモノではないと考えを改めさせるのだった。


『頭部にコアか。なら、接近してシヴァの爪で!』


 血気に駆られるカーリーが、シヴァと供に急降下。

 ドラゴンの強襲に危険を感じたのか、しろぶーはシヴァへ向けて二度、三度と、左右の腕から液体を射出。

 だが、そこはシヴァとカーリーのコンビだ。軽やかな空中回避でそれらの全てをやり過ごした。


 ――かに見えた!


『食らえ! シヴァの大爪――』


 鋭い鉤爪が、敵をロックオンした矢先の事!

 ダメ押しとばかりのしろぶーからの一発が、シヴァ目掛けて放たれる。


『何度撃ってきても同じ――なにッ!?』


 その液体は、急激に拡散し、シヴァを襲う。

 咄嗟の回避も、拡散範囲の広い()()は、シヴァの左翼へと着弾をみせたのだった!


「グオオオンッ!」


 シヴァの羽に付着した液体は、途轍もない粘り気を見せ、シヴァの左翼の自由を奪う。


『うわっ!』


 墜落するシヴァと共に、カーリーの悲鳴が聞こえた。


「――の野郎! 十一式の1から3号までの特徴を有してやがるのか!?」


 そう。学園オリジナルの個体は、複合体キメラが多い。

 これは、「今後起こりうる悪魔獣出現に備えた演習の一環」として、学園長自らが考案した性能である。

 それ故に、一体でのポイントは高いのだが、リスクは推して知るべしであろう。


「大丈夫か? カーリー」

『ああ、大丈夫。心配ない』

「そうか、よかった。だが無理はするな、お前はそこにいろ」

『了解。皆、すまない』

「千早! 敵の気を引き付けてくれ。お嬢はカーリーの援護だ」

『了解! まかせて』

『ええ、もう向かってますわ』

「デブチンめ。今そのクソッタレな頭に風穴を開けてやる!」


 カオルは再度スコープを覗き込み、ターゲットを補足する。

 そこには、千早の光速の動きに惑わされ、振り回されているしろぶーの姿があった。


『流石にメタボだけあって、俊敏な動きは追えないようね』

「だけどちーちゃん、気をつけて! 相手はネバネバ攻撃でちーちゃんの動きを封じるはずだよ」

『ええ、分かってる。でも、それにわざと捕まるって手もあるはずよ?』

「えっ!? な、なんで」


 エリーの疑問に、千早からの答えは無かった。

 その理由は――


『くっ! 早速ネバネバを放ってきた……うわっ! 本当に超ネバネバする。蜘蛛の巣に掛かった蝶の気分だわ』

「ちーちゃん、避けて!」


 エリーの、千早を心配するあまりの悲痛な叫びが響く。

 けれど悪魔獣は、そんな声などお構い無しに、罠に掛かった真紅の蝶々を食らわんとする蜘蛛のように、ゆっくりと千早に向け、右腕を伸ばすのだった。


 ――だが!

 カオルには分かっていた。

 それは、狙撃に対する最大のチャンスである事を。


『今よ、鬼首ヶ原さん!』

「オーライ! 一撃必殺ワンショット・ワンキル!」



 ―――― ド ゥ ン ッ !!



 通常よりも大きな、ディープパープルの発射音が鳴り響く。

 それは、カオルが怒りに任せ、多量の魔法エネルギーを一発の魔法弾丸へと込めた事に他ならない。


 そして紫の軌道は、一直線に伸び、ターゲットの頭部を



 ―――― ズ ン ッ !



 見事に捕らえたのだった!


「グオオオオンッ!!」


 悪魔獣の悲鳴が、周囲を駆け巡る。

 途端、膝から崩れ落ち、千早の目の前で「ズズンッ!」という轟音と土煙を上げる悪魔獣。


「やった! かおりんナイショッ!」

『やったわね、鬼首ヶ原さん! 流石はみんなからお姉さまと呼ばれるだけの事はあるわね』

「ははん。まぁ、チームリーダーさんの、見事な陽動があればこそ。だな」


 笑って、得物を収納クリアするカオル。

 そして一刻も早く、トリモチ攻撃に引っかかった影の功労者を救出すべく、千早の下へと駆け寄るのだった。


 しかしながら……

 仲間に、少なからず被害を与えた敵への怒りが、カオルから冷静さを奪っていた事は、この時インギーですら気付けないでいた。


 敵・目標物の、完全沈黙の確認。


 それを失念し、怠ったが故の――危険!


『たいへん! 悪魔獣に高エネルギー反応がッ!!』

「なに!?」


 インギー越しに聞こえた、後方にいるエリーの慌てた声。

 改めて、目標体しろぶーの亡骸を確認するカオル。


 それは、次第に赤色を帯び、膨張しているように見えた。


『しろぶーは、自らを可燃性の液体へと変化させたみたい! あと数秒で臨界点へと到達するよ』

「野郎、死後は自爆するって腹かッ!」


 怒りに任せた言葉か、カオルの口を突く。

 ショートレンジ・アタッカーのダッシュには後れを取るものの、精一杯の高速移動で、千早の元へとたどり着いた。


「千早ッ!」

「鬼首ヶ原さん……いいわ、あなたは逃げて」

「バカヤロウ! お前を見捨てて逃げられっかよ!!」

「でも、これは演習であって、実際の死ではない――」

「演習だろうがリアルだろうがっ! 目の前の仲間を見捨てる事なんて、にはできねぇんだよ!」


 そんな叫びと共に、カオルは軽やかなジャンプ。

 千早が虜となっている場所に、スタリと舞い降り――


「……あ」


 そして、カオルもべとべとネバネバの餌食に。


「なにやってんのよバカ!」

「あ、あはは。つい、怒りに身を任せてしまって……」

「まぁ、いいわ。こんな意地悪いトラップ、誰も見抜けないでしょうから、言い訳くらい出来るでしょ」

「あきらめんな! 退場者アウトメンバーが出れば、ポイントが減る。このクラスで、初の学年一位を取りたいんだろ?」

「そ、それは……だけど」

『大爆発予想時間まで、あと10秒!』

『まったく。なにをしているの? 今助けにいきますわ』

「いや、お嬢。もう間に合わない。イチかバチか、やってみる」

『やるって、なにをですの?』

「へへ、まぁ見てな。インギー! 基本魔法攻撃、出力最大だ」

「え!? そ、そんなことするとカオル、あなたの調整不備がバレ――」

「かまわねぇ。千早、にしっかり捕まってろ」

「え? ええ」

「ほんじゃ、一発激しいのをぶっ放すぜ!!」


 カオルは、右腕を融解し始めているしろぶーへと向けつつ、左腕で千早を抱きすくめ、己の身体で襲い来る衝撃から彼女を守る。




「 消 え う せ ろ !! 」





  ――――――――  ド  オ  ン  ッ  !  !




 

 周囲の何もかもをかき消す、一筋の野太い閃光。




 そのエネルギー塊は、大爆発寸前の悪魔獣を、一瞬のうちに蒸発・消滅させてしまった!




 激しいまでのエネルギー波を受けて、その場に居た魔法少女の髪の毛と衣装の裾が乱舞する。


 そんな中。

 固く抱き合う二人の少女。

 

 カオルと、千早。


 その表情は、「どうだ!」と言わんばかりの凄みと、「やっちまった」という後悔の念。

 そして、怯えながらも……今まで感じた事のない、形容しがたい「何か」が、鼓動を高め、頬を紅潮させている。


 二人は、消えゆく魔法エネルギーの残照を見つめつつ、互いの身体の温かさを、いつまでも感じていた。






 静まり返る、二年生達。

 圧倒的なカオルの魔法力を目の当たりにした少女達に、言葉は紡げなかった。


 そんな空気の中。


 米嶋舞華が座る席の辺りから「ボキリッ」という、シャープペンシルのへし折れる音が響いたという。



最後まで目を通して頂き、まことにありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ