第六章 第十話 神様
一二年生合同演習も午前の部のプログラムが終了し、昼食の時間。
カオル達五人、そこに郡山音葉と稲垣静音が加わり、学食ホール『なでしこ』にてのランチに舌鼓を打っていた。
「最近、ここの特別メニュー・スペシャル納豆定食にハマッててさ」
と、にこやかに納豆とご飯をかっ込むカオル。
見た目には普通の納豆とご飯、あとは卵焼きにお味噌汁とおしんこお海苔という、至ってシンプルな構成となっている格安メニュー(350ASP)だ。
しかしながら、ここに使われる納豆や味噌、そしてぬか漬けは、全て学園長・向町京子自慢の自家製なのである。
日本防衛軍大学付属の高校時代。カオルにとってイヤというほど食べてきた、それでいて全く飽きない、懐かしい味なのだ。
(これだけは、あのババァ唯一の褒められる点だな)
一人納得しつつ、カオルはラッシュで平らげる。
と、そんな彼女へ、意外な人物から苦情が舞い込んできた。
「う~、かおりん納豆くちゃいよー」
しかめっ面で納豆を見る、米国人のエリーだ。
「全くよね。そんな悪臭に満ちた食べ物、よく平気でかっ込めるわ」
関西生まれの千早も、納豆の良さが分からないでいる様子。
「あらあら、エリーに赤坂さん。納豆はお肌にいいのよ。あと、血もサラサラになるし。その昔、天海ってお坊さんが徳川家康に『不老長寿の秘薬』だと言って献上したって逸話もあるくらいなの」
そんなカオルに助け舟を出したのは、樋野本綾香だった。
が――
「プレミアム和食ご膳食べてるブルジョアに言われてもなぁ」
という静音の突っ込みよろしく、季節の魚のお造りや煮炊き物の入った、彼女の彩り豊かな昼食メニュー(1000ASP)を前に、そんな薀蓄は意味をあまり成さないでいた。
「まぁ、綾香はお嬢様だからな。庶民の安定食は似合わないさ」
「そ、そんなこと……ないとは言い切れませんわね」
「お嬢は……食に対する贅沢はともかく、納豆への偏見は無いようだな」
「ええ、そうですわね。出されれば食しますわ」
「エー!? 私は出されても食べられないにゃ~」
「私も……かも」
エリーの真っ向からの拒否に、千早も「納豆を食べる」に対して、自信なさげな答えが続く。
「もし、悪魔獣が納豆を武器として使ったら……殆どの外国人と関西人は滅亡確定だな」
「あははは。確かに、ガイジンさんとか関西人には納豆って好まれないよね、お姉さま」
「私はインドのハーフだが、納豆だろうがなんだろうが結構食うぞ」
と言うカーリー。よく見ると、日本系カレーに、チーズと納豆のトッピングと言う荒業を決めていた。
「あんたのそれは悪食なんだよ」
「悪食とは失礼だな、郡山。何でもありがたく食べると言って欲しい」
「その割には、背とかおっぱいとか、あんま成長しねぇな」
「う、うるさい鬼首ヶ原! お前は育ちすぎなんだ」
と、弄られキャラが定着しつつあるカーリーが、その真価を発揮する。
「臭いが無ければ、食べられるんだけどなぁ」
「すごいね、ちーちゃん。私はにおいも、あのぬるぬるネバネバもダメだよ……当然、味も」
「そっか。じゃあ悪魔獣が納豆を利用しないよう、神様に祈るか」
「そうだね、かおりん……って、ダメだよ」
「ん? なにがダメなんだ」
「だって、神様に祈っちゃだめなんだよ?」
「なんで?」
カオルが不思議そうに尋ねる。
と、音葉がその理由を口にするのだった。
「あ、知らないんだねお姉さま。学園では基本、宗教的なコトはしちゃいけないんだよ」
「なんで?」
「んー……よくしんないけど、なんかそう言われた。アヤちゃん先生に」
「意味が分からん」
「きっと、あやふやな『宗教的希望』を持つなと仰ってるのでしょうね」
「ふーん……まぁ、それはそうかもな。神頼みってヤツは無駄に希望を持たせるくせ、裏切られることが多いから」
「でもさ、気休め的なお願いならいいんじゃない? 今みたいな」
千早の言葉に、エリーが、
「そうだね、ちーちゃん。特に結果がどうでもいいようなお願い事とかは大丈夫だよね、たぶん」
前言を撤回する。
「そういやカーリー。お前は宗教とか大丈夫なのか? 確かインドってヒンドゥー教が主流だったような」
「私は日本人として育ったから無宗教だ」
「そうか、だから神様のご加護が受けられなかったんだな」
と、カオルはカーリーの背丈と胸元を見ながら、気の毒そうに言う。
「鬼首ヶ原、午後からのデモ・マガバトル中は、シヴァの火炎に気をつけろ?」
「……ごめん」
そんなミニコント風の掛け合いに一同が笑う中。カオルの胸中に、小さな違和感が湧き上がった。
それは、特に注意せずに聞き流した「誰かの言葉」に対する、奇妙な疑問だ。
(宗教禁止? まぁ確かに、そんなややこしいものを蔓延させれば、集団行動の中に派閥や制約が生まれるもんな。それはいいが……誰だっけか、ソレをおおっぴらに宣言したような……)
カオルは、気にも留めずに埋没させていた記憶を掘り返す。
その断片が顔を覗かせたのは、エリーのニコニコ顔を見た瞬間だった。
(そうだ、ダイアナ……ダイアナ・ベイキンズ……アイツだ)
一瞬、カオルに、あの時感じた「嫌なイメージ」が蘇る。
(けれど、彼女の言葉には「宗教的な勧誘」などを連想させる記憶は無い。ただ、漠然と「神様を称える」と言った印象だけだった)
それがこの学園で、どれほどの罪なのか。
心に止める価値のある事柄なのか。
ともすれば、午後のデモ・マガバトルの最中に忘却してしまうような、取るに足らない事。
それよりも、シヴァの火炎攻撃が本当にカオルを狙うかもしれない、と言う事に注意を置くべきだろう。
だが、カオルの胸中には、たとえ様も無い「不安」が、次第に色を濃くし始めているのだった。
最後まで目を通して頂き、まことにありがとうございました!