第六章 第九話 仲間
「ちょと待て。俺がいつお前に足引っ張られたよ?」
不快さも露に、カオルが尋ねる。
なにも千早や舞華の言葉が癇に障った訳ではない。気に入らないのは、自分が元で、誰かが悲しい思いになった事への「罪の意識」なのだろう。
「……わかんない」
そんなカオルの強張った口調に、千早は少々怯えを交えて答える。
「お前や、当の本人である私でさえ、その意識が無いんだ。きっと舞華の勘違いさ」
(ちょいと感情的になってしまったかな?)という意識を覚え、カオルは笑顔を作りつつ、優しく言う。
と、千早の、更に左隣に座るカーリーが、そんな会話に割って入るのだった。
「ああ、それはきっとあの時だろう」
「「「あのとき?」」」
カオル、千早、エリー、三人同時に問い質す。
「赤坂のピンチに、鬼首ヶ原が援護射撃で、その危機を救っただろう?」
「ん、ああ。それが何か?」
「それが、米嶋先輩には『不注意による失態』と感じたんじゃないか」
「だから! 千早は不注意なんてしてねぇって」
また感情が先んじて、カオルの口調が荒くなる。
「待て、そう怒るな鬼首ヶ原。これは仮定の話だ」
あくまで冷静に語るカーリーに、カオルの怒りもシュウシュウと小さくなる。
「に、したってさ。戦場では、互いに助け合って戦うモンだ。誰かが誰かをサポートする……特に、後方支援があってこそ、最前線のアタッカーは案ずる事無く突っ込んでいけるってものなんだぜ? 特にお前のような近接戦闘に特化したヤツは、周囲を見渡せるサポートメンバーがあればこそ、その真価を発揮できるんじゃないか」
そんなカオルの不満に似た言葉に、彼女の右隣に座る樋野本綾香が、
「その通りですわね。米嶋先輩の言葉に倣うなら、わたくしもエリーのピンチを救いました。なにより、現に悪魔獣のテレポートによる鬼首ヶ原さんに訪れた危機に際し、先輩自らがPASでお救いになりましたわね……鬼首ヶ原さん、彼女から何か注意を受けられました?」
更なる疑問点を掲げたのだった。
「あ、いや。なにもない」
カオルのその回答は、更に千早を混乱に陥れる。
「じゃあ、なんで私にだけ?」
「それはですね。きっと米嶋舞華は赤坂千早に対して――」
インギーも、この会話の中に入る。が、言いかけて、何かに気付き、
「あ、いえ。よくよく考えるに、やはり私の思い違いでした」
ふと言葉を濁し、何事も無かったかのように沈黙するのだった。
「なんだよ、途中でやめるなんて、キレの悪いウンコみたいで気持ち悪いな」
「すいませんカオル。でも、私の考えが間違いだと咄嗟に気付いたのです。迂闊に悪い印象を与えてはいけないでしょ?」
「そりゃあまぁ、確かにそうかもな」
誤った考えを口にするのは控える。そう言われて納得するカオル。
だが、インギーには分かっていた。
(それはですね。きっと米嶋舞華は赤坂千早に対して、嫉妬しているのだと思います)
そう言いかけて、やめたインギー。
きっと、判断としても、舞華の気持ちの詮索としても、正解だったのだろう。
だが、今ここでそれを言ってしまうと大問題になる事も間違いない。
「まぁいいさ。舞華が……じゃねぇ。舞華先輩がそう言うんなら――千早、お前はそれを反省すればいい。けれど、ぐだぐだ悩むのはナシんこだ。気持ちを切り替えて、今度は褒められるように行動しろ」
「う、うん……うん。そうね、その通りだわ」
千早の表情に、やっと明るさが舞い戻った。
それは奇しくも、大画面スクリーンの中で、舞華の大活躍により悪魔獣を全滅させた瞬間だった。
「ほら千早、画面を見ろよ。舞華お姉さまのご活躍によって、ミッションコンプリートだぜ。笑顔と拍手で称えなくっちゃな」
「うん……ありがとう、鬼首ヶ原さん」
「んあ? な、何だよ改まって」
「いろいろと気遣ってくれて」
「い、いやぁ……そのなんだ。戦場ってのには、いろいろと仁義ってモンがあってさ、仲間を仲間が支える、それは当然の事なんだ」
「鬼首ヶ原。なんだか戦場にいたかのような口ぶりだな」
「うぐっ。カ、カーリー……あ、あははは。戦争モノの映画の見すぎかな?」
「なんだっていいわ。その心遣いに、とにかく感謝してるわ」
「よ、よせよ。なんだかケツがこそばゆくなる」
照れ笑いで誤魔化すカオル。
けれど、その不用意な言葉に、千早は表情を一変。冷ややかな眼差しで、カオルへと視線を送るのだった。
「鬼首ヶ原さん。折角美しい心遣いをくれたのに、そんな汚い言葉遣いはいただけないわ」
「な、なんだよ急に」
「折角の美しい心と美しい容姿を持っているんだもの。言葉遣いも美しくしないとダメでしょ!?」
「だ、だってさ、ずっとコレで通してきたんだぜ? 今更変わる訳ないよ」
「どうしても?」
「ああ、どうしても」
「それなら私にも考えがあります。変えてくれないと……そう、チームリーダーからの罰として、アナタの事を敬意を込めて『お姉さま』と呼ばせてもらいます」
「えー、ヤダよお姉さまなんて。それこそケツがこそばゆく――」
「 変 え て く だ さ い ね 」
「あ、うん……ごめん、努力する」
そんな二人の掛け合いに、クスクスと方を揺らしつつ、カオルの仲間達が息を殺して笑う。
和やかな空気に、カオルも千早も、屈託の無い笑顔を咲かせた。
もうそこには、千早の悩み事は存在しない。
仲間の、小さな気遣いにより、そんな「不穏の芽」は完全に排除されたのだ。
そう。
この時は確かにそう思われた。
けれど……摘み取り切れなかった「不穏の種」は、この後、時を得て発芽する。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!