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第三話 聖川綾乃


『え~ッ! ま、マジっすかぁ? 鬼首ヶ原サン、ドーテーなんスか?』

『な、なんだよ。悪いか?』

『いえいえ……以外っつーか、ありえねーつーか……バンドやってたんでしょ? なら女なんか食い放題じゃないスか』

『坊主。薫はなァ、ホレた女に操を立ててやがんだよ。今時殊勝な事じゃねぇか、なぁ?』

『マ、マジですか! なんかカッケー!』

『い、一曹! 余計な事言わないでくださいよ』

『ははは、すまんすまん……だがな、このご時勢だ。早い事女の身体知った方が、お前さんのタメだぜ?』

                  ・

                  ・

                  ・

「ホント、今時こういうのって変わってるんだろうな……」


 清潔な純白のカーテンが揺れる保健室。パリっと糊の効いたシーツがかけられたベッドへと腰を下ろしながら、カオルが独りごちる。

 久しぶりに出会った、幼い頃からの顔なじみである女性――初めて恋心を抱いた、そして今もなお心に決めている人との再開に、カオルの心中には、なにか表現し難い想いがこみ上げてきていた。


『大きくなったら結婚しようね!』


 小学校の頃の約束を現在まで頑なに守り通している男。それがどれだけ特殊な価値観、ポリシーであるか、カオル自身も分かってはいる事だった。

 だが、元来女性との会話は、母と幼馴染の少女――「聖川綾乃」の二人を除いて、ほとんど成した事がなかったカオルにとって、ある種「恐怖の対象」にも等しいと言えるものだ。

 中学の頃からギター少年だったカオル。同年の少女達が彼へと好意を抱き、モーションをかけてくる事は少なくなかった。が、想い人の手前、その全てに拒否を見せた硬派なスタイルが故、他の少女達との会話に慣れと言うものを見出せないでいたのだ。

 一時はそんな徹底した信念に、『女に興味がないのでは?』と噂されたほどであった。

 中学卒業間際のこと。両親が離婚し、母親の姓を名乗り日本防衛軍大学付属の高校へと入学。男子校の寮での暮らしは、ますます女性から遠のく結果となり……自分自身が『俺って女性に興味がないのかな?』『俺って実はホモなのかも?』と不安に駆られる度、『いや、俺はアヤちゃん一筋なんだ!』と、自身に言い聞かせてきた。

 それはある種の免罪符的言い訳であると、カオル自身も薄々は分かっていた。何も男に興味があるわけじゃないし、女が嫌いなわけでもない。ただ、女性との接し方が分からない故、それを誤魔化す為に『聖川綾乃への想い』を建前として用いている、女々しい男だと自覚していた。

 ――けれど今日。想い続けてきた幼馴染を目の当たりにして、改めてカオルは得心した……「アヤちゃんへの気持ちは、ウソじゃなかった」と。「今の今まで、本当に彼女だけを想い続けていたのだ!」と。


「鬼首ヶ原さん、服脱いだ? ……ってあれ? やだ、まだ脱いでないじゃない~。何してるの、早く脱いでね?」

「あ……ワリ――じゃなくって……すいません。まだこの環境に慣れなくって、ちょっとボーっとしてました」


 身体計測と健康チェックのために訪れた保健室。仕切られたベッドルームで、服を脱ぐように指示されていた事をふと思い出し、カオルは慌てて服を脱ぎ始めた。


「ったく、メンドクセェなぁ。インギー、パパッと脱がせてくれよ?」

「ダメですよ、カオル。そういった事は現実世界と等しくお願いします」


 仮想現実世界において、服など一瞬で着脱できる……が、それはあくまで緊急時のみ。現実と同じく、自らの意思で一枚一枚脱ぐ事が可能であり、仮想世界と現実世界との境界線をなくすため、普段の生活においてはその行為をとる事のほうが一般的である。


「先生、脱ぎましたよ。これでいいんでしょ?」


 白地にライトブルーのストライブの入った上下の下着のみをつけて、ベッドルームから出る。と、保険室内にあった大き目の鏡に映った自分を視界に収め、カオルの心拍数が一瞬で急上昇した。


「うわ、やっべぇ! 下着姿の女の子! しかも俺好みのしまぱん!」


 興奮の波がカオルの体内を駆け巡る。けれど、何か落ち着かない。身体を駆け巡ったエネルギー、その波の最終的な行き場が……ない!


「うぐぐ、付いてるもんが付いてたら……今頃手が付けられないくらいに大暴れしてただろうな」

「ん? 何か言った? 鬼首ヶ原さん」

「い、いえいえなにも!」


 慌てて首を振り、『落ち着け、落ち着け俺!』と、一人心の中でクールダウンを促す。

 そんな中。カオルはふと、あつーい視線が自分自身へ注がれている事に気づく。それは聖川先生ではない、また別の人物――ともすれば性的興味の対象をみるような、「舐め回す」という表現が相応しく思える感覚だった。


「鬼首ヶ原カオルちゃん、だっけ? あなたなかなかいい身体してるわねぇ?」


 声の方へと視線を移す。そこには本来保健室の支配者である人物の姿があった。

 清楚とも言うべき白衣の下に、ざっくりと胸元の開かれた薄桃色のブラウス。その生地は今にも破れはちきれんばかりという具合に、ふくよかな隆起を包み込んでいる。


「えっと、誰……ですか?」

「あぁ、この学園の擁護教諭――花岡恵那はなおかえな先生よ」

「よろしくね、カオルちゃん」


 年の頃ならハタチ前後と言うところだろう。なだらかなウェーブのかかったロングヘアをかき上げ、にこりと微笑む。目元の泣き黒子が印象的な美しい女性だ。

 教員用デスクの前で椅子に腰掛け、タイトスカートから伸びる、黒いストッキングに包まれたスラリとした足を組んでいるその姿は、本来ここへと来るべき年頃の男子学生の――いや、いかなる男性諸氏の視線をも奪い、そして離さないだろう。


「う~ん、見たところバストは84、ウエストは55、ヒップは81といったところかしらね?」


 どことなく狩人のような視線をカオルへと投げかける保険医へと、綾乃先生が一言。


「ちょ、ちょっと恵那! あなた私の生徒に手ェ出さないでよ」

「うふふ、それは約束できませぇ~ん♪」


 満面の笑みで、本気とも冗談ともつかない返事で答える。


「な、何? 保険医の先生はソッチ系か?」


 カオルが思わず声に出して尋ねた。


「り・ょ・う・と・う・な・の」


 ウインクと共に返された言葉に、カオルは戦慄を覚えた。もし今の俺が十四歳状態の少女でなく、ハタチの、健全な男だったとしたら……果たしてアヤちゃんだけを見ていられただろうか? いや、もしかしたら――アヤちゃんを前にして、不埒な心に火がついてしまうかも! そんな考えが、カオルの脳内をぐるぐると駆け巡っている。


(いや、ダメだダメだ! ここはアヤちゃんを見て初心に戻ろう!)


 そんな煩悩に悩みつつ、カオルは綾乃先生を見た。と、綾乃先生もカオルの身体にじーっと視線を向けている様子。


(へ? 何だ? ま、まさかアヤちゃんまで女性に興味が……? も、もしかして「ドキッ! 女だらけの3P大会」の開幕――!)


 一瞬たじろぐ。が、その視線は身体のとある部分……カオルの背中へと向けられていたようで、


「ねぇ、鬼首ヶ原さん? その背中のそれ……傷跡?」

「へ? な、なんですか?」


 突然の意味の分からない言葉に、カオルはきょとんとして答えた。背中のキズ……心当たりがない――いや、ある!

 ハッ! っと何かに気付き、慌てて鏡の前に立つ。髪の毛をたくし上げて背中を鏡面へと映すカオルが、そこへ見たもの……。


「な、なんだこれ? 炎の十字架ファイアクロス?」


 背中一面に残る十字の形の傷跡が、まるで燃え上がる十字架のような印象を与える。

 このキズは……そう、あの得体の知れない白の追跡者ホワイトストーカーによって付けられた傷――いや、烙印。


「野郎、んなモン残しやがって……ロックにも程があるぜ」


 にやりと笑って、一人小さく零す。


「そう……その傷のために、学園ココへの入学が遅れたのね」

「はい、そうです……本来なら皆と同時期に入学する予定だったのですが、万全を期すために、少々遅らせました」


 インギーがカオルに代わって、上手い言い訳を答える。そして、それに合わせるように、カオルも頷くのだった。


「そうかぁ、大変だったでしょうね。でも、そんな大怪我にもかかわらず生き延び、しかも完全に回復するなんて……なかなかタフなのね、鬼首ヶ原さんって」

(いやまぁ、死んだけどね……)

 カオルが内心思う。

「きっとあなたのその生への執着は、この先の魔法習得訓練に大いに役立つと思うわ。がんばってね!」


 小首をかしげ、満面の笑みでカオルの表情を覗き込む。そんな綾乃先生の瞳は、あの頃となんら変わっていない、中学生の少女のままだ……カオルの心に、なんだか奇妙な嬉しさがこみ上げてくる。


「あっと、とりあえず……この身体計測が終わったら、次はなんですか?」


 まるでテレを隠すように、綾乃先生への質問で空気を換えようとする。


「そうね、これが終わったら――」

「私とベッドインなんてどう? カオルちゃん」

「ば、バカな事いわないで恵那! ウチの生徒に変な趣味植え付けないでよね!」

「ああ~ん、ヤ・キ・モ・チ? うふふ、かわいいんだから♪」

「あ、アンタねぇ~!」

「あははは、冗談よ。ホント、高校時代むかしから、からかい甲斐がある子だわ」

「いい加減にしなさいよね、恵那アンタ。さ、鬼首ヶ原さん。こんなバカに構わないで、早速計測を……って、鬼首ヶ原さん?」


 綾乃先生がカオルの名を呼んだ途端!


「ブフーッ!」


 カオルの鼻から赤いものが迸った! それは――


(や、やっべぇ……アヤちゃんと恵那先生のカラミ想像したら……さっきから蓄積されてた行き場のない興奮が……鼻血となって……たまらんっ!)


「ちょ、ヤダ! 鬼首ヶ原さん? 大変! 恵那、ティッシュティッシュ!」

「あらあら、ちょっと冗談の刺激が強すぎたかしらねぇ?」

「と、とりあえずベッドへ横になって! 気をしっかりね、鬼首ヶ原さん」

「あ……は、はい……」


 そんな騒動を、冷静かつつぶらな黒い瞳で見守るインギーが一言


「あーあ……もったいないですねぇ……」


 そう呟いて肩をすくめるのだった。



 ちなみに――花岡恵那先生による鬼首ヶ原薫のスリーサイズの見立ては、1センチの狂いなくピタリと符合していた。




最期まで目を通していただき、まことにありがとうございました!

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