第六章 第一話 合同演習前
アカデミー一二年生合同演習当日。
普段ならば、二年生の戦闘が見れると言う事と、稲垣静音が召喚する「セルフィオン」目当ての生徒達が色めき立ち、賑わいを見せている。
が、今回は少々違う空気の「賑わい」を見せていた。
「鬼首ヶ原お姉さまの戦いぶりを、しっかりとこの目に焼き付けなきゃ!」
「カオルお姉さまと舞華お姉さまの演武、超楽しみ~」
「でもさ、最近組んだチームでしょ? 一年の代表チーム。大丈夫かな」
「鬼首ヶ原さんは大丈夫だとしても、カーリーと樋野本さん。それに千早、と……先走り上等な面子ばかりだもんね。チームワークが心配」
「そんなら静音、アンタが出ればよかったじゃん」
「無茶言わないでよ。ソレこそ、鬼首ヶ原さんの足引っ張っちゃうわ」
と、全校生徒用集会堂の長椅子に腰掛ける生徒達は、今回の演習開始に先立って催される「一二年生選抜エキシビジョン戦闘」の、一年生チームへの不安要素を口にしていた。
「それでも、鬼首ヶ原さんなら上手くチームをまとめる事ができると思うよ」
稲垣静音は、自らが立てた推薦人物の良さをアピールした。
そこには、自分がその場から逃げ出した引け目を、少しでも軽減させる意味合いも、多少は篭っていた。
だが、おおむねの意識は「一年生代表は鬼首ヶ原さんしかいない」という、先見の明の表れである。
(私の目に、狂いはないもの)
事実、この少女における「先を見据える嗅覚」は、他者とは違うものがあった。
「召喚魔人セルフィオン」は、その具体的な例であろう。
『この学園は女の子ばかり。なら私の技は召喚系で、美少年の魔人にすれば……天下が取れる!』
という、少々邪な心漂う信念ではあったが、カオルが来るまでは、その読みは当たっていたのだ。
実際、セルフィオンの魅力のお陰で、彼女は生徒同士のデモ・マガバトルにおいての戦績は殆ど(勝ちを譲られて)負けなし。セルフイオンへのお布施と称して頂戴するASPの貯まる事たまること……お小遣いに困る事がなかったほどであった。
(いつかは、しっかりとした戦いを挑んで、鬼首ヶ原さんを負かしたい)
と、いつの頃からか、静音の心には、そん小さな野望が芽生えていた。
(そのためには、今回のエキシビジョンをしっかりと目に焼き付けておかなきゃ)
無論、一年生を応援する気持ちもあるが、彼女の目的は「鬼首ヶ原さんの研究」にあるといっても過言ではない。
「そろそろ時間ね。皆、正面静聴!」
一年二組のクラス委員長でもある静音が、皆の注意を誘いつつ毅然と言い放つ。
その言葉に、一斉に二組生徒のかしましい会話が止み、規律正しく正面を向き、背筋を伸ばす。
見事に統制の取れたソレは、まるで軍隊のよう。
それに比べて、一年一組はと言うと……
「くぉら一年一組ィ! いつまでくっちゃべっているんだ」
学園一おっかないで評判の、一年二組担任「凶皇」こと住等木紀子教諭の叱咤が飛んだ。
途端、郡山音葉を筆頭にキャーキャーとカオル談義に花を咲かせていた生徒達が、石化したように硬直する。
「ごめんねー、ノリちゃん。うちの子たち、仲間の晴れ舞台に舞い上がっちゃって」
本来であれば、生徒達を叱る立場の綾乃先生が、照れ笑いと共に住等木先生へと感謝の言葉を送った。
「まったく。しっかりして欲しいな、聖川先生。あと、生徒達の前で『ノリちゃん』は止めろと言ってるだろ」
「てへへ~、メンゴメンゴ」
「まったく。今だ学生の気分が抜けてないんだな、聖川先生は」
小麦色に焼けた肌に、ショートカットが良く似合う、少々釣り目のジャージ女子――住等木紀子先生。
ヤレヤレと首をすくめるその仕草は、長年の友人のソレであった。
「え、えへへ。ほらほら、そんな事より! 学園長のお言葉が始まるわよ。静聴静聴」
と、馴れた口調で話をはぐらかす、聖川綾乃。
「ったく。『逃げアヤ』は今でも健在ね」
鼻から、笑みとも溜息ともつかない吐息を零し、住等木先生も諦めて正面を向く。
そこには、壇上に立つ向町京子学園長がいる。
凛々しくも、優しい笑みを絶やさないその姿は、まさに学園の「長」に相応しい立ち居振る舞いだ。
「アーアー……ではこれより、第三回・アカデミー一年生二年生合同演習を開催いたします。まずは開会のお言葉を、学園長より頂戴したいと思います――起立! 礼! 着席! 正面、静聴!」
おそらくは二年生であろう司会進行役の生徒が、全校生徒へと向け、開催の儀式とも言える「儀礼」を唱えた。
「みなさん。本日も誰一人欠ける事無く、この合同演習を迎えられる事を、私は誇りに思います……そう、欠けるどころかまた一人、新たな魔法戦士が加わり、皆さんの力強い仲間となってくれました」
それはきっと、カオルの事だろう。一年の生徒の大半が、この学園長の言葉に頷き、同意する。
「そして本日――その仲間は、異例とも言えるスピードですばらしい実力を付け、この合同演習におけるエキシビジョン戦で、華々しいデビューを飾ります……さぁ、既にエキシビジョンを戦う魔法戦士達は、既にスタンバイしている様子。わたくしの後ろにある中央の大型スクリーンに、その戦いぶりが克明に記されます。どうか皆さん、新たな仲間と、そして心強い仲間達の闘い振りを、暖かく応援してあげようではありませんか!」
「 「 「 は い ! 」 」 」
一斉に、小気味良い返事で答える生徒達。
流石は噂の大物ルーキーのメジャーデビュー戦。学園長の開催の一言には、カオルへの期待度の高さが伺えた。
――と、誰もがそう思っただろう。
それは学園長がカオルへと与える、無用な悪戯心とも知らずに。
ともあれ……こうして、一年生二年生・合同演習の幕は切って落とされたのだった。
最後まで目を通して頂き、まことにありがとうございました!