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第五章 第十話 記憶



 その日のアカデミー内にある一年生棟は、またもや彼女の話題で持ちきりだった。


「鬼首ヶ原お姉さま、今度は()()樋野本財閥のお嬢様を口説き落としたんだって!」

「うっそー! マジで!?」 

「カーリーに続き樋野本さんまで篭絡しちゃたか。流石だね、鬼首ヶ原さん」

「私も口説き落とされたかった~」


 などなど……他のクラスの生徒までもが、わざわざ休み時間に一組まで赴き、カオルへと詰め寄り、質問攻めを繰り広げていた。


「ねぇねぇ、どんな魔法使ったんですか? カオルお姉さま」

「い、いや……魔法って」

「でもなきゃ、こんなへそ曲がりを仲間にできないよ」


 と、他所のクラスの女子が、悪びれも無く、カーリーを指差し言う。


「誰がへそ曲がりだ!」


 無論、カーリーが怒って言う。

 が、そこには以前のような怒気は無く、ともすればお笑いのツッコミよろしく、まるでそれがワンセットの「掛け合い」かのような印象さえ漂わせている。

 そしてそれは、周囲に笑いの花を咲かせるに至り、


(カーリー、周囲に溶け込んできたな……いや、これが本来の彼女の、学友達と接する姿スタンスなのだろう)


 と、カオルは少し嬉しさを覚えるのだった。


 ――けれど。


「鬼首ヶ原さんにはきっと、人を引きつける『何か』があるのでしょうね」


 ニコニコと接する樋野本彩香の言葉に、周囲の幾人もの少女達が「うんうん」と相槌を見せる。


「確かにそれはあるかも。けど、それは言い換えれば『普通と違う』という、一歩間違えば変人のレッテルが貼られるかもだ」


 カーリーが笑いながら毒付く。


「変人……と言うよりは、能力に近いかも。そういう、人を引きつける特殊スキルがあるのかもね」

「ははは、そんな特殊スキルは装備してないよ」


 千早の、ちょいとくすぐったくなるような台詞に笑って返すカオルだが……


「ご謙遜。現に、私も牧坂さんも、アナタに口説かれましたのよ?」

「はは、よしてくれよ。人をジゴロかなんかみたいに」


 彩香の言葉には、心底からは笑顔を作れないでいた。


(このお嬢様は――彩香の真意だけは、未だに計り知れねぇな)


 樋野本彩香に対し、自らは大した口説き文句も、胸を打つような説得もした覚えの無いカオル。

 のはずなのだが……たった一晩で、己の方向性を180度変えるなんて事がありうるのか?

 思春期の少女にしたら、それは至極当然の事なのか?

 

 そんな少女の気まぐれに、カオルは未知の生物と接するかのような、五里霧中の様相を呈していた。


「どうしたの、かおりん。なんだか浮かない顔だよ?」


 と、エリーが、そんなカオルの機微をいち早く察して尋ねる。


「ん? あ、いやなんでもないさ。そんな事より千早、明後日の一二年生合同の演習だが……」


 急に話題を変え、カオルが千早へと尋ねる。

 と、一瞬。彩香の眦が微かに動いたのを、カオルは見逃さなかった。


(急な話題変更に、俺の内心を読んだ? まさかね)


 聡い少女であるが故、「少しの空気の揺れも見逃さない」といった印象を見せる樋野本彩香。

 が、それは自分の考えすぎの産物なのかもしれない。


(今はまだ、迂闊に余計な印象を刷り込まないほうがいいな)


 そう自らに言い聞かせ、カオルは千早に続けるのだった。


「エキシビジョンの面子、私達のチームでいいのか?」

「ええ。だって、誰も出たがらないんだもの……私達のチームをエントリーしたって、誰も文句は言わないわ。でしょ? みんな」

「うん、ごめん。私なんかより、鬼首ヶ原さんのほうが実力上だしね」


 苦笑いで、申し訳無さそうに稲垣静音が言う。


「セルフィオン様の活躍も見たかったけどね」

「まぁね、でも仕方ないよ。誰しも足引っ張りたく無いもの」

「だね。みんな、二年生にタメ張れるあんた達ほど、能力は高くないもの」


 と、誰とも無く、まるで自虐とも言える「あきらめ」を口にする。


「まぁいいんじゃない? 引く判断ってのも大事だし。自分の実力を鑑みて、無理だと分かってるんなら仕方ないわ」



( よ か ね ぇ よ ! )



 カオルは千早の言葉に対し、心の中で大きく否定の言葉を放った。


 何事もやらずに、「無理」の一言で他の人へとお鉢を回す。

 そんな他人事のような考えで、この戦いを、悪魔獣との戦争を、乗り切っていけるのか?


 カオルの胸中に、えも言われない不安が巻き起こった。


(千早に、そして皆にも一言言うべきか?)


 思案するカオル。と、そこへ――


「そんないい加減な意識では困ります!」


 樋野本彩香の、平手打ちのような叱咤が飛ぶのだった。


「あ、あっちゃん……」


 怒りすら伺える彩香の表情に、少し怯えてエリーが声をかける。


「あ、っと……これは申し訳ございません。わたくしったらつい……」


 ふと我に返るように、彩香はまた笑顔をまとい直す。


 そんな彼女の一連の挙動に、カオルはとある確信を得たのだった。


(こいつ……何か考えを以って俺達に接触してきたな)


 その思惑は、きっと我々にとって――ひいては人類側にとって、利する行為なのは間違いないだろう。

 だがそれは、肝心な……そう、昨日の夜にカオルが彩香へと伝えたかった「仲間同士の信頼」という事に、一等掛け離れている行為だ。

 

(明後日。作りたての、しかも意思の疎通もまったく出来ていない面子で、大きな舞台に立たされる……か。せめて失笑だけは回避しなきゃだな)


 カオルの胸中に、また新たな不安が芽生えた。




 けれど同時に、その不安は、カオルにとって「安堵」に変わりうる可能性を秘めている。




 それは生前、即席の部隊編成で戦った際の事。

 見知らぬ者同士が共に戦い、見事な勝利を収めたという、カオルの脳裏に蘇る記憶から来る自信だった。


最後まで目を通して頂き、まことにありがとうございました!

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