第五章 第八話 秘密
「ごめんなさい、鬼首ヶ原さん。今わたくし、凄く嫌味な事を言われた気がしたのですが……気のせいですわよね?」
彩香が皮肉って尋ねる。
「無論、嫌味だ。いや彩香、お前を責めているといっていい」
「それはどういう意味ですの?」
少々語気を荒げ、彩香はカオルに詰め寄った。
が、カオルは至って冷静に、ただ黙って彼女の瞳を覗き返すだけ。
「ただ喧嘩を売っている……という訳ではなさそうですね」
「ああ、喧嘩を売っているわけじゃない。お前のようなお嬢様が、よくよく陥る思考的欠陥を正してやりたいだけだ」
「あきれた。普通そういった発言は『喧嘩を売る』と申しますのよ?」
「言葉が悪くて申し訳ない。なにせ、底辺育ちなモノで。が、言っている意味は、聡明なお前なら分かるだろう?」
「さて、分かりませんわ」
彩香が、ふてくされたように言い放つ。
けれどそこには、間違いなく「気付いている」という感覚が見え隠れしている。
そう、思春期の少年少女が時折見せる「無理」が、その表情をうかがわせている気がする……カオルにはそう思われてならなかった。
「いいか、彩香お嬢様。お前ん家が代々武器を製造しているからって、なにも人殺しの片棒を担いでいるわけじゃない。武器はそれを手にした者が己の判断で使用し、その結果、命を奪うなり傷つけたり、逆に命を守ったりもする。それを自分罪と考えるなら、お前は超が付くホド甘えた思考の持ち主だ」
「そ、それくらい、わかってますわ」
「なら何故、『死や罪』を連想する、そんな悲しい思考に直結するんだ?」
「人には言えない……使命もあるのです」
「使命?」
「そう。こんな時代に、樋野本家に生まれた者として、果たさなければならない使命があるのです」
「ふぅん。樋野本グループが何企んでんのかしらないが、そんなもんお前が被んなきゃいけない、絶対的な理由があるのかい?」
「ええ。人には語れない、絶対的な秘密です」
「秘密なんてものは、生きてる限り誰だって持ってるさ。ただ……そんな『秘密』なんてものに飲み込まれてちゃ、生きている意味なんてないぜ?」
「私が生きている意味など……最初から無きに等しいですわ」
彩香の悲しすぎる一言に、カオルの感情が沸点を超えた。
「んな事あるか! たとえお前が、命と引き換えにこの戦争を終結させるキーとなる人物だったとしても、そんな理不尽に付き合う必要なんかない!」
本気で他人を思いやるカオルの言葉。それは彩香にも重々分かっている。
が、どうにもならない事だってある……そんな諦めが、彼女の唇を動かすのだった。
「鬼首ヶ原さん……無理を……無理を言わないで」
ふと、彩香がカオルの真っ直ぐな瞳を嫌い、視線を逸らす。
そんな彩香に、カオルは一つ溜息をついてから、意を決したように語りだした。
「いいか、お嬢。子供は子供らしく、何でも一人で背負い込もうとするな」
まるでカオルの言い方は、年長者のソレだった。
無意識のうちに語っていた口調ではなく、言葉を選んでの、しっかりとした発言だ。
「な……子供? 今、子供と仰いました?」
無論、彩香はその意味を額面通り受け取った。
「ああ、言ったさ。何か間違った事を言ったかな?」
「あ、あなたとて――」
「同年代の癖に!」そう言いかけて、彩香は言葉を飲み込んだ。
カオルの真っ直ぐな、それでいて随分と冷静な視線が、彩香に沈着さと「とある仮定」をもたらしたのだ。
「あなたは……そう、人にはそれぞれ、語れない秘密があるのですね」
「ああ。誰にだって秘密はある……私の背中に刻まれた、ロックな十字架の意味。そこにも、誰にだって語れない真実がある」
カオルは言葉を選んでいた。
それは、傍らを舞う使い魔の「アナタが元々男である事は他言無用ですよ」という視線に配慮した――それでいて、聡明な樋野本彩香には「ある程度の秘密」を気付かせたい、という作為があった。
普通、即死は免れないであろう傷跡と、それなりに年上であるかのような物言い。
そして彩香自身も、その二つが意味するところを漠然とながら理解し、カオルの真意を汲んだのだった。
その意味――鬼首ヶ原カオルなる人物は、一度死んでいる。
きっと何らかの事情で、死と交換に、こうして「マギカ」という組織が作り出したこの世界に送られてきたのだろう。
なるほど、これは流石に誰にも言えない秘密だ。
そう感じた途端、彩香の中で何かが吹っ切れた様子。
小さな溜息の後、込み上げてくる笑みをこらえきれず、表に現すのだった。
「ふふ……フフフ。まるで、年長者のような物言いですわね、鬼首ヶ原さん」
「はは、身の程知らずですまない。おせっかいがこじれると、つい上目線で語ってしまう癖なんでね」
「そう……。ねぇ、鬼首ヶ原さん」
「なんだい?」
「私が誰とも仲間になれない、本当の意味を教えてあげましょうか?」
――ごくり。
カオルの喉が一つ、大きな音を立てた。
それほどに、彩香の視線は真剣そのもので、その秘密の大きさ、事の重大さを、ひしひしと感じさせる。
「是非、教えてくれ」
「それはね、この戦闘魔法少女を育成する世界を根本から瓦解させる意味を持つの」
「根本からが解させる? それって、このアカデミー自体が意味を成さなくなるって事か?」
「ええそう……この学園に、悪魔獣からのスパイがいるの。しかも複数ね」
カオルはその言葉を耳にして、軽い眩暈を覚えるのだった。
最後まで目を通して頂き、まことにありがとうございました!