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第五章 第七話 405号室

 その日の夜。午後8時も半ばを過ぎた頃。


 ――コンコン。


 一年一組専用寮の四階。405号室に、小さなノックの音が二つ。


『はい?』


 インターホン越しに聞こえた、清楚で落ち着いた声。それは、


「やぁ彩香。私だ――」

「あらあら、鬼首ヶ原さん。今ドアを開けますわね」


 部屋主である樋野本彩香が、モニター越しにパネルを操作。すると、ガチャリと音を立てて、カオルの目の前のドアの鍵が解除されたのだった。


「なんだかご大層な施錠だな」

「カオルのように、横着して鍵をかけない。なんて事はしないのですよ、皆さん」


 カオルの独り言に付き合うように、インギーが突っ込みを入れる。


「だってさ、この世界は同年代の女の子ばかりなんだろ? 鍵なんかかける要素も必要も、いっこも無いじゃないか」

「それはまぁ、そうかもしれませんが……うら若き乙女の習慣として必用でしょ?」

「中身が『うら若い乙女』じゃなくてすみませんね」

「なら、以後心掛けてください」


 という会話をしているうちに、ドアが開き、彩香のお上品な笑顔が出迎えた。


「いらっしゃい。鬼首ヶ原さん」

「こんな夜分に、邪魔じゃなかったかな?」

「とんでもない。でも、いきなりの訪問で少々驚きましたわ」

「はは、そいつはすまない」

「何か急な御用でも?」

「いや、急という訳じゃないんだが……今、私達のチームでミーティングを行っていたんだ。で、その結果を報告しようかと思ってさ」

「報告? 何故私に? 仲間チームでもないという――」

「それは重々承知している。けれど、今日の――今回の戦闘における、我々の反省点や言い分を、君にも知ってもらおうと『個人的』に思ってさ」


(んな事面と向かって言うのって、ちょっとこっ恥ずかしいな)


 少しはにかんだ表情で、テレを隠しつつカオルが言う。

 

「ですが、私には関係の無い話ですわ」

「いや、関係あるさ。今回のデモ・マガバトル中のウチのチームの戦闘には、君も少なからず加担したじゃないか」


 一瞬、ドア越しに気まずい空気が漂う。


 ――だが、その直後。


「そうですの……とにかく、立ち話もなんですからお上がりくださいな」


 また、とりつく島がないほどに相手にされず、追い返されるのではないだろうか。そう考えていたカオルが、少々肩透かしを食らった。


「じゃあ、お言葉に甘えて失礼するよ。あ、そうだ! あとこれ……エリーから。アップルタルトだ」


 ミーティングのあと、今から彩香の部屋に行くというカオルへ、エリーが手渡してくれたお土産だ。


「まぁ、うれしい。エリーの作るタルトは、その辺のプロも舌を巻く程の美味しさなの」

「ああ、だな」


 ラッピングされた小箱を受け取る彩香の瞳は、嬉しさと優しさに満ちていた。

 その表情はまるで、懐かしさについ心が緩んでいるかのよう。


「何もありませんが、お茶でも入れますわね」

「いやいや、おかまいなく」


 カオルの形式上の遠慮が、彩香の笑顔を誘った。


 そこで、ふとカオルの脳裏に薄っすら灯っていた「仮定」が、その真実味を帯びて、くっきりと色鮮やかになるのだった。


(やはり、こいつは何か『いわく』アリな問題のため、仲間を作れないでいるんだ)


 エリーが教えてくれた、幼い頃の樋野本彩香という人物。

 その性格は人懐っこく、優しさに溢れ、なにより楽しい事が大好き。

 そんな彼女が、中学生になった途端に、人が変わったかのような振る舞いを見せるようになった、との事。


(こいつは自分を偽っている)


 いつしかカオルの心には、「彩香を仲間に入れたい」だけでなく、「こいつの力になってやりたい」という想いが湧き上がっていた。


(けれど今は、そんな彼女のデリケートな部分に触れるのは得策じゃないだろう)


 慎重に、そして何より思いやりを込め、今は見守りだけにしておこう。そう判断し、カオルは口を噤むのだった。


「適当に座って。今、お茶を入れますわ」

「ああ、すまない」


 シックな色合いのペイズリー柄のカーペットが敷かれたリビングに、落ち着いたグレーのソファーがあり、カオルはそこへ腰を落ち着ける。

 あまり飾り気の無い室内には、必要最低限の家具しか見当たらず、お金持ちのお嬢様を思わせる調度品や美術品の類などは一切無かった。

 そんな空間に、「意外だな」という視線を送るカオルへ、


「エリーからお菓子のお土産。という事は、私が樋野本財団総帥の孫娘だと知っているのね?」


 素っ気無いティーカップとソーサー、そして湯気の立つ瞬間湯沸しポットをトレーに乗せた綾香が、そんなカオルの態度を見て尋ねる。


「あ、ああ。一応、自分でも知ってたけど。それと、エリーと君の、幼い頃からの付き合い、もな」

「ふふ、そんなお嬢様がこんな味気ない部屋で暮らしてるなんて、驚いた。という感じね?」

「ああ、正直言うと図星だ」

「だって、必要ないもの」

「必要ない?」

「そう。これから死を――」


 一瞬、物騒な事を言いかけて、彩香は口を篭らせた。


「何? 死を?」

「え…………ええそう。死ぬか生きるか分からないのに、余計なものは不必要でしょ?」

「バカ。そんな悲しい考えはやめろ」


 咄嗟に、カオルの口から怒気の篭った言葉が飛び出した。


「うふふ、ごめんなさい。冗談ですわ」

「冗談でも、んなコトは言うな! 生きるために、生き延びるためについて考えろ」


 カオルの本心おもいやりが、ついポロリと出た。

 それはもしかすると、自分に課せられた「使命」が言わせた、この世界での目標なのかもしれない。


 生きて、生き抜いて、復讐を果たす。


 そんな、カオルの「誰にも言えない目的」が、彩香の「心の何か」に少し触れた様子で……彩香は、申し訳無さそうに返すのだった。


「そうね。生きて……生き抜いて、以前のような平和を取り戻さねばいけませんわね」


 一瞬、何かを深く感じ入った彩香の表情が、少し険しくなる。


「けれど……以前の世界が、平和であったというのは、少々間違いかもしれませんわ」


 そこにはおそらく、代々武器を作って売っているという、戦争への加担に対しての「罪悪感」があるのだろう。

 

 けれどカオルは、そんな彩香の自虐感に、


「それはアレかい? ヒノモトって血筋が言わせるギャグか何かか?」


 と、冷たい言葉を掛けるのだった。


最後まで目を通して頂き、まことにありがとうございました!

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