第五章 第四話 亀裂
「これは手厳しいな。彩香は結構戦術に詳しいんだ?」
戦いのイロハを知りえているような言動を受け、まるで探りを入れるかのように、カオルは尋ねた。
「いえ、まったくの素人ですわ。ですが、仲間がバラバラに戦っていては、チームワークも何もないでしょう? そのような事、素人でもちょっと考えれば分かる事です」
樋野本彩香は、上品な笑顔ながら鋭い指摘を語る。
その点に関して、カオルも全くの同意見だった。
「ああ、その通り。チームとはいえ、今の戦いはまるでソロプレイ……連携もクソもない」
「ですわね。そんなチームの仲間に加えてもらうほど、私は命知らずではございませんわ」
「……なんだと?」
そんな彩香の一言を、カーリーは見逃せなかった。
「カーリー、まぁそうカッカするな」
「いや、鬼首ヶ原。言わせてもらう」
カーリーの喧嘩腰の物言いは、今に始まった事ではない。その点は、この場にいる三人もよく知っていた。
が、今回の怒り様は、些か普段のソレとは趣が違っている様子。
「今回は私達四人の初陣だ。ハナッから早々上手くいくハズもない連携に、今までと違った敵の出現パターンをあてがわれたんだ。苦戦するのも仕方が無いだろ」
カーリーも気付いていた。
この戦闘における敵の出現は、あからさまに普段のパターンとは違っている。
「そこに介在する意思はさておき、配置された敵を四人の裁量で相手し、駆逐した。その『結果』こそが、問われるべきではないか?」
「そうね、カーリー。でもあなたは現に、グランドベイビーの高エネルギー砲の直撃を受けそうになっていたでしょ? 私が守らなければ、あなたは――」
「お前さえしっかりと敵を止めておけば、鬼首ヶ原カオルが仕留めていた!」
カーリーの怒気を孕んだ言葉に、彩香は「これは一本取られたと」いった表情を見せる。
「そう……そうね。私がヤツを逃がさなければ、そしてしっかりと仕留めていれば、楽しい仲間ごっこを続けていられたわね」
「貴様、何を――!」
カーリーが綾香の胸倉を掴み、吠え立てた。
「や、やめなよ二人とも! それにあっちゃん、今のは言いすぎだよ」
エリーの仲裁が、おっかなびっくりとしながらも二人の間に割って入る。
けれど彩香の指摘は、次の標的を見据えて放たれるのだった。
「エリー、あなたもよ。あなたは昔っから臆病で優柔不断で、誰かの後ろに隠れてばかり。自らの意思で戦局を乗り越えようとはしない」
「そ、それは……」
エリーが、目に薄っすらと涙を溜めつつたじろぐ。
と、そんな二人に、新たな仲裁の声――いや、一方的に彩香を責め立てる怒声が飛んできたのだった。
「いい加減になさいよ樋野本さん! あなたにエリーにの何が分かるの!?」
声の主は千早だった。
「私は事実を言ったまでよ」
「それは事実じゃないわ、一方的な暴言よ! エリーに謝りなさい」
「そうやって、あなたが甘やかすから……エリーは自分で何もしなくなったのよ。この子がそうなったのも、言わばあなたのせいね」
「な、なんですって!」
怒りの咆哮と共に、千早が小鉄をスラリと抜き去り、構えた。
その瞬間。
『はーい、赤坂さん。そして樋野本さん。二人ともそこまでー』
綾乃先生の声だ。
先生は二人の一触即発具合を察し、空間投影式のモニター越しに、二人への注意を即すのだった。
「先生! ですがこの揉め事の発端は、樋野本さんの暴言にあります。注意すべきは彼女ではありませんか?」
千早が彩香を指差し、まくし立てる。
それに同調するように、カーリーも首を縦に振った。
「鬼首ヶ原さん、あなたも何か言ってやって」
千早が、彩香に対しての追加の支援を要請。
だが、カオルはその表情を一切変えず、小さなため息をつくのだった。
「いい加減にしろ。仲間同士でいがみ合っても仕方ないだろ?」
「でも! 喧嘩を売ってきたのは彩香――」
「私達にチームワークが欠如している事。そしてエリーの悪い点。悔しいが、全てその通りだ」
「なっ! 何を言うの鬼首ヶ原さん」
「ついでに言うと、私も『これは模擬戦だ』という甘えを拭いきれないでいた……責められるべき失態だ」
彩香の目を見て、カオルが言う。
「……」
その言葉に、彼女は何も返さず、ただカオルを見つめ返すのだった。
「そんなヤツの……肩を持つのか?」
カーリーが呆れたように、カオルへと零す。
「肩を持つわけじゃないさ。事実は事実として受け止めようって事――」
「エリーは臆病なんかじゃないわ! 立派に戦っているじゃない」
カオルの言葉を遮り、千早の興奮まじりのフォローが駆け抜けた。
――が、当のエリオット・ヴァルゴは、
「ちーちゃん……私が臆病なのは事実だよ」
節目がちに、おずおずと答えるのだった。
「バカ言わないの! あなたはいつだって、私と一緒に戦ってきたじゃない」
「でも……それはずっと、ちーちゃんの背中に隠れての事だよ。なにもかも、ちーちゃんの言葉に従ってきただけだけなんだよ! あたし、ちーちゃんに何もかもまかせっきりだったの!」
まるで胸の痞えが取れたかのように、エリーは堰を切って語った。
「エリー……」
千早の言葉がつまる。
それは自分自身感じていた。けれど、このままでいいと……自分が全てを背負えば良いという意識の元で戦ってきた「ワンマン主義」が、エリーの自主性を殺してきたのだと気付いていたのだ。
「鬼首ヶ原」
「ん、なんだ?」
「今日は……この場から抜ける。独りになって考えたい」
「……そうか」
カーリーはそう言うと、シヴァを呼び、その背に乗って天高く舞い上がった。
「どうやら私も、本格的にお邪魔のようね。では……」
そして彩香も、一礼とともに空中へと舞い上がり、何処へと飛び去っていった。
「やれやれ……もっとソフトに相互の注意点を出し合い、喚起し合いたかったんだがな」
バツが悪そうに首を振り、零すカオル。
だが、心の奥底では、
『案外、これがいいのかもしれない』
という、彩香がもたらした「結果」に、好意的な解釈を抱くのだった。
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