第五章 第二話 盾
「二式一号、反応消失! まずは一体撃破だよ」
エリーの歓喜の声が、それぞれの使い魔から流れた。
「よし。んじゃあ早速カーリーの援護に向かう。カーリー、それまで持つか?」
『なめないで。皆が来る前に仕留めてみせる』
カオルの言葉に、勇ましい返答のカーリー。が、些かムキになっている様子でもある。
それはカオルにとって、小さな不安を生む材料となった。
「その意気や良しだ。けれど無理はするなよ、絶対だぞ」
『心がける』
そんなやり取りの最中。
カオルの懸念が、形となってカーリーを襲うのだった。
「大変だよ、カーリー! あなたの前方約100メートルに、もう一体二式一号が出現!! そっちにむかってる」
『の、ようだな……こちらも今、地中からまるで怪獣のように現れた姿を視認した』
「いわんこっちゃない……急ぐぞ、エリー、千早!」
「了解、かおりん!」
『了解! ダッシュで向かうわ』
千早の速度であれば、カオル達よりも速くカーリーの援護に向かえる。
――だが!
そんなカオルの安易な計算は、エリーのもたらした新たな報告に、容易く狂わされるのだった。
「ちーちゃん、あぶない! また二式一号が進路上に出現したみたい! 気をつけて」
『足止めしようての!? フフン、面白いことしてくれるじゃない!』
「千早、無理はするな。回避して私達と合流しろ」
「大丈夫! あんなの、私一人でお茶の子さいさいよ」
「それはそうかもしれないが……大丈夫か?」
『ええ! グランドベイビーなんて足止めの役にも立たないってこと、教えてあげるわ』
「そうか……なら任せたぞ」
『了解! そっちも任せたわね』
一時に、三体の悪魔獣との戦闘。
これはあくまで模擬戦。なのに、まるで誰かが狙いすましたかのような、敵との遭遇だ。
「……ったく。これじゃまるで、意図して敵を配置、出現させているようじゃないか? アヤちゃん」
誰にとも無く、カオルが零した。
「そうだね。なんだかこんな遭遇戦は初めてだよ」
「やはりそうか。もしかして、これは誰かさんの差し金かな?」
カオルは一人、思い当たる節の人物の姿を浮かべ、不敵な笑みと舌打ちを一つ。
「ババァめ。またぞろ何か企んでやがんな?」
「なに? かおりん」
「あ、いや。なんでもないさ」
まるで、自らの不安要素を隠すように、カオルは笑顔で答えた。
(もしかして、俺とそのチームは試されてるんじゃないか?)
そんな事、杞憂に過ぎない。と払拭する……けれど、今度はその後を追うように、まだまだ幾つものチームの問題点が浮き彫りにされてくるのだった。
(エリーは咄嗟の判断に弱い。カーリーは独断専行の嫌いがある。千早には、敵をナメて掛かる癖があるようだ。そして俺に至っても、まだまだ本気さが足りないところがあるな)
それは、この戦いを模擬戦と割り切っている自分自身への苦言だった。
咄嗟に思いついたエリーへの指揮権譲渡や、カーリーや千早の、勝手な目標変更への容認。それらは、実践では許されない行動だ。
(けれど、俺達ァ軍隊じゃない。戦闘魔法少女のチームだ。ある程度は、それぞれの自由な行動・反応に任せるのもいいだろう)
そう考えては見るものの、カオルへと染み込んだ軍隊時代の経験が、そして悪魔獣と戦った経験が、それらに「是」を唱えきれないでいるのだった。
「かおりん見て! カーリーが挟み撃ち状態になってる」
「ん……あっと! うだうだ考えてる場合じゃない。千早、カーリー! こっちも敵を捕捉した」
『すまない。二式二号がちょこまかと動き回って、なかなか仕留められ――』
そんなカーリーの通信を遮るように、エリーが叫んだ!
「カーリーの近くに出現したグランドベイビー、高エネルギー反応あり! ビームを撃つ気だよ、気をつけて」
「野郎! フライングベイビーごと巻き込んで、カーリーを仕留める気か!?」
模擬戦にしては、やりすぎな感のある攻撃方法。
そこには、疑う余地もなく……誰かの思惑が介在している。カオルはそう確信した。
『先に、二式一号をやる』
「ああ、援護する! フライングベイビーは私が引き付ける」
カオルが、遠距離用の照準機を覗き込む。
一瞬息を止め、標的の動きを追う。
「ようし、いい子だ。今、仕留めてやる」
過去の、二式二号を討ち取った感覚が、カオルの脳内に蘇る。
まるで新生児のような表情の二式二号の額へと、十字線のクロスポイントがピタリとマークし――
「うそッ! 私達の真下から、新たな敵反応――」
新たな敵の出現を知らせる、エリーの叫び声!
「またぞろなん――うわっ!」
激しい地鳴りと共に地面が揺れ、カオルの足元が急激な隆起を見せた!
そこに現れたのは、更に新たな二式一号。
「 あ” あ” あ” あ” ぁ ―――― ! 」
「ひぃ!」
地を這うような不気味な咆哮に、一瞬エリーの身がすくむ。
「エリー! 動け!!」
カオルの叫びに我を取り戻したエリーが、悪魔獣の突進を回避。
だが、カオルがエリーに気を取られた一瞬の空白が、カーリーに危機をもたらせたのだった。
『くっ! 二式二号が――』
カオルはカーリーを視認した。
そこに繰り広げられていたのは……まるで動きを封じるかのようにシヴァに取り付く二式二号の姿。
「くそ、今助ける!」
再度、スコープを覗き込むカオル。
が、その瞬間! 新たに出現した三体目の二式一号の右手が、カオルへと降り注ぐ。
「かおりん避けて!」
「ちょ、あぶねって!」
標的に照準を付けさせない。
その行為が、結果としてカーリーとシヴァの、絶対的な危機を招くのだった。
―― ド ゴ ウ ッ !!
二式二号の口から放たれたエネルギーの束が、空中で手こずるシヴァ目掛けて一直線に伸びた!
「「カーリーッ!」」
カオルとエリーの叫びが、超弩級のビーム攻撃の轟音にかき消される。
そんな最中!
「究極聖盾!!」
カーリーへと突き進む巨大なエネルギー弾の前に、虹色に輝く巨大な盾が出現。
その七色光壁は、二式一号の放った攻撃の全てを遮り、飛散させ、役目を終えると静かに消え去った。
代わりに姿を現した、一人の魔法少女。
薄紫を基調としたミレス・マガモードのその人物は――
「あ、あいつ……樋野本彩香……か!?」
最後まで目を通して頂き、まことにありがとうございました!