第五章 第一話 指揮系統
翌日の魔法戦闘の授業は、フリーバトルとなった。
これは、綾乃先生による、短期間で四人のメンバーを得た赤坂千早のチーム(本人は否定)への配慮とも感じられた。
「探知儀に感あり! 二時の方向、距離一マルマルマル。大型悪魔獣一、時速20キロメートルで接近」
正式には初となる、四人でのチームプレイ。
本来なら緊張と不安でぎこちない動きとなる場面。が、四人の間の空気は、そんな感触を一切見せる事無く、リラックスなムードを湛えていた。
「オッケー、エリー。敵の種類は?」
「えっとね……日本襲来型二式一号だよ、ちーちゃん」
「二式……天使系悪魔獣の初期出現タイプ、所謂『地走天使』か。図体はデカイが機動性はそうでもない。けど、キツい一発を持ってる。皆、気をつけろよ」
カオルが、過去に戦った相手の注意点を伝える。
「当たらなければどうと言う事は無い」
「そ、カーリーの言う通り。あんなノロマの攻撃、華麗にかわして見せるわ」
既に幾度か戦ったと思しき余裕を見せる、カーリーと千早。
「そうやって余裕コイてると、足元をすくわれるぞ?」
そんな二人を危惧するカオルが、おせっかいとは思いつつも、冗談めかして注意を即した。
「ご忠告どうも」
言って、カーリーはシヴァを上空高く舞い上がらせた。
彼女は、自分が成すべき事をよく知っている。カオルはそう感じて、安堵の微笑を浮かべたのだった。
「何なの? 鬼首ヶ原さん。ニヤニヤして」
「いや、なんでもない。じゃあ千早、足止めよろしく!」
「うん、わかってる。まかせといて」
そして、赤い戦闘衣装に身を包んだ千早が、真紅の一閃と化して、敵への距離を瞬く間に縮めた。
「流石に千早のダッシュは早いな」
「うん。ちーちゃんの『加速走』は、今のところ誰も補足した子はいないよ」
「アレで間合いを詰められると、私達ガンナータイプはお手上げだ。成す術も無いよ」
「でも、戦いようはあると思うよ?」
なにげに、エリーがカオルへと返した言葉。
それは一見、ただのカオルへのフォロー的な受け答えのように思われる。
けれどカオルは、エリーの自然なまでの台詞の中に、彼女の「能力の高さ」を感じたのだった。
(周囲をよく見ている……そして、自分なりに対処法を模索しているんだ)
指示系統は彼女に一任してもいいかもしれない。
カオルは、エリーにそんな期待を抱くのだった。
「なぁ、エリー。提案があるんだ」
「なに? かおりん」
そしてカオルは、インギーへと、
「インギー、他の二人とも回線をつないでくれ」
「了解しました」
全員へと伝達できる環境で、ふと湧いた案を皆に伝えるのだった。
「ここからはエリーの指示で皆に動いてもらおうと思う。レーダーで敵の動向を探りつつ、各人への攻撃タイミングの指示をよろしくな」
一度試しに。
そう考え、カオルは成り行き上持っていた指揮権をエリーに譲渡。
「え、ええ!? かおりん、わ、わたしそんなのできないよ!」
「なぁに、簡単な事さ。タイミングを見計らって指示を出すだけ。本来そういった事は、実働部隊がやるんじゃなく、サポート的な役割の仕事なんだぜ?」
「え、でも……」
「最初っから上手くやれなんて言ってないさ。失敗したっていいんだ。何事も経験……そのための模擬戦だろ?」
『エリー。鬼首ヶ原さんの言う通りだと思う。私もあなたの指示で動くから、よろしくね』
『任せたぞ』
二人のエリーに対する「信頼」が聞こえた。
「うん……うん。やってみる。がんばってみるよみんな!」
「そうこなくっちゃ。で、そろそろ千早が会敵する頃だな」
「そうだね」
そう一つ頷くと、エリーは自分の使い魔であるアヒルの「がーちゃん」を召喚。千早とカーリーとの通信回線を開くように命じたのだった。
「ちーちゃん。足止め開始と共に、めいっぱい注意を引いてね」
『了解! まかせといて』
「カーリーは私の指示で上空から奇襲を掛けてね」
『了解』
「で、かおりんの狙撃がスタンバイできたら退避指示を出すね。二人とも逃げてよ?」
『『了解』』
今回の戦いの作戦を、エリーはきちんと把握している。
カオルは「スナイピングに集中できる」と安堵した。
と、その瞬間のこと。
「大変! 九時の方向から新たな飛翔体が接近……距離二五マルマル……日本襲来型二式二号一、高速で接近!」
「二号――飛翔天使か!?」
「えっと、えっと……かおりん、どうしよう?」
「二式二号は俺がなんとかする! 千早、そっちは一号の足止めを頼む!」
『了解、やってみる』
「カーリーは――」
と、空中で待機しているであろうカーリーへと、指示を出そうと空を仰いだカオルの視界に、猛スピードで飛び去る黒い影があった。
「あれは……シヴァ!」
その影――シヴァとカーリーは、カオルの指示の前に行動を起こしていた。
それは、猛スピードで飛来する「新たな敵」の迎撃!
『空中戦なら、私のシヴァに任せろ。以上』
「あ、ああ……わかった、油断するなよ」
過去に幾度となく二式二号の狙撃任務の成功を納めていたカオル。撃墜には自信があった。
……が、ここは既に動いているカーリーに任せたほうがいいかも。
そう気持ちを切り替え、千早が足止めをしている二式二号狙撃のためのポイントを探す。
「ここがいい……さて、グランドベイビーの野郎は……と」
召喚していたディープ・パープルの長距離用スコープを覗きつつ、狙撃対象を十字線に納める。
「よし、補足した……つーか、こいつ相変わらずキモいな」
おおよそ4~5メートルはあろうかという、四つん這いで移動する「人間の赤ちゃん」を思わせるターゲット。
背中には、小さいながら翼が生えており、その風体から「ベイビー」や「エンジェル」と称される、おそらくは「生物」だ。
「エリー! 合図と共に、千早を下がらせてくれ」
「うん、わかった」
「…………今だ!」
「ちーちゃん、退避して」
『オッケー!』
突如、カオルの、そして二式二号の視界から千早が消えうせる。
「もらったァ!」
ドンッ! という発射音と共に、紫の閃光が一直線に伸びた。
向かう先は、無論狙撃対象の二式二号!
不意に敵《千早》を見失い、周囲をきょろきょろと見渡すグランドベイビー。
迫り来る魔法弾丸を認識したが、もう遅かった。
―― ガ ス ン ッ !
カオルが放った一撃は、ものの見事に標的の眉間を貫通。
一瞬動かなくなったその隙を突いて――
『飛天赤坂流・剛突衝斬!!』
千早の、電光石火の一閃が、二式二号の首元を「トドメ」とばかりに駆け抜けたのだった。
最後まで目を通して頂き、まことにありがとうございました!